ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

倉知淳/「壺中の天国」/角川書店刊

倉知淳さんの「壺中の天国」。

稲岡市内で連続して起こる殺人事件。犯行直後に犯人による電波系怪文書がばらまかれるが、
被害者の特徴も、犯行時刻もばらばら。被害者同士の関連も見つからず、警察の捜査も
行き詰る。犯人は無差別に殺人を犯しているのか?シングルマザーでクリーニング店の
パートをしながら一人娘を育てる知子も気が気でない。被害者たちの間には本当に何の
繋がりもないのか――第一回本格ミステリ大賞受賞作。


読み逃していた倉知作品。以前から読みたい読みたいとは思っていたのですが、どうも読む
のに気力が要りそうな雰囲気がぷんぷんしていて、図書館で手に取っては返し・・・を
毎回のように繰り返していた作品でした。

で、実際どうだったかというと、まさに危惧した通りの作品でありました。とにかく疲れました。
ここまで読むのに気力が要る作品は今年初めてかもしれない。山口さんの『奇遇』の時の苦労に
近いような・・・。まぁ、上半期ベストで挙げた三作も、挫折しないで読み進められる気力
という意味では必要だったのですが。
でも、この作品に関しては面白くないから辛いというのではないのです。むしろ基本は
とても面白いので、挫折するなんてことは全く考えも及ばなかったのですから。ただ、とにかく
怪しげな電波系怪文書やら犯人の独白やらあるフィギュアマニアの独白やら、奇妙な文章が
所々挟まれて、その文章を読んでいるとこっちまで頭がおかしくなりそうになるんです。
何せ読点が全く挿入されないので、息がつまる気がする上(呼吸すりゃいい話なんだけど^^;)、
その内容がまた意味不明で理解不能。その壊れっぷりがこの作品の一番の読みどころかもしれない
けれど、私には辛かった・・・。
主人公知子視点の部分だけがほっとできるところでした・・・。知子の盆栽趣味や、娘との
ほのぼのした会話なんかはとても楽しかったし。実は盆栽見るの大好きなんですよ、私。あの
小さな鉢の中に小さな完結した世界があるのがなんとも美しいなって思う。日常生活でちゃんとした
盆栽を見れる機会ってほとんどないので、花屋さんに置いてある安価なやつ位しか普段は
見れないけど。だから知子が熱中する気持ちは結構共感できました。知子の年齢を考えると
(はっきり出てはなかったけど30そこそこだと思うんで)、渋いな~とは思いますけど(笑)。
被害者それぞれの生活を追う書き方も良かった。普通は省いてしまう部分だろうと思うの
でこれがあった為にかなり冗長になってしまった感は否めませんが、ここがあるからこそ副題の
『家庭諧謔探偵小説』が生きてくるように思いました。被害者たちにもそれぞれの生活があって
いろんなこと考えていて、夢中になれるものがあったのに、そんな平凡な日常が一瞬であっけなく
奪われてしまう。別に被害者たちに好感が持てる人物がいたわけではないのだけど、彼らの日常を
追うことで、被害者たちが身近に感じられて、不条理な殺人のあっけなさが胸に迫ってきました。
「どんな人も『壺中の天国』を持っている」というのがこの小説のテーマだと思うのですが、
それは犯人も被害者もそれ以外の人たちも同じということなんでしょう。犯人にとっては電波妄想
の中にいる時が、被害者の一人にとっては占いを信じている時が、また別の一人にとっては
食べている時が、新聞に投書している時が、散歩をしている時が――それぞれの『壺中の天国』
だったのかもしれない。それはその人にしかわからない世界。その人だけが楽しめる世界。
そういう世界を持っているということは、ある意味でとても幸せなことなのだと思う。
私の『壺中の天国』はやっぱり読書をしている時になるのかなぁ。

正太郎の推理は正直云えば根拠薄弱でいまひとつ説得力を感じなかったんです。でも、この
電波妄想系小説には妄想推理だからこそいいのかも。被害者たちのミッシングリンクの謎
を読んだ時点ではかなり不満を感じていたのですが、もう一つの『要因』を読んで瞠目。これは
良く出来ていますね。完全に犯人の思い込みですが・・・こんなある種の勘違いで殺されちゃった
らほんとに浮かばれないですよね・・・。

合間合間に挟まれるフィギュアおたくの正体には完全にやられました。これは全く推理できな
かったです。まぁ、誰も彼もが怪しいとは思っていたんですけどね^^;でも、完全に壊れた
人間の文章ですよ、これ。『壺中の天国』にいる時はみんな別人になっちゃうってことなのか。
うう、怖い。

ラストはハッピーエンドの空気が漂っていて良かったのですが、知子に思いを寄せている人物
といえば、水嶋君もそうなんじゃないの?(絶対そうだよね!)途中から忘れられた存在みたいに
なっちゃって、可哀想だったな^^;知子は完全に彼のことを『弟』扱いしてるから恋が成就する
ことはないでしょうけどね・・・。



大変疲れましたが、読み終えた充実感は充分。
アヤシイ電波系キワモノ小説(笑)ですが、ミステリとしてはなかなか凝っていて面白かったです。
長らく読めずにいたので、読めて良かった良かった。
文章を読む上で、句読点ってほんとに大事なんだなぁと痛感しました(苦笑)。
電波系文章はしばらく勘弁して欲しいです^^;