ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

皆川博子/「猫舌男爵」/講談社刊

皆川博子さんの「猫舌男爵」。

ヤマダ・フタロの英訳版『THE NOTEBOOK OF KOHGA’S NIMPO』を読んだことがきっかけで、
日本文学を学んだヤン。彼は偶然手に入れた日本人作家ハリガヴォ・ナミコの短編集『猫舌男爵』
を翻訳することに。猫舌男爵とは“棘のある舌を持った残酷冷徹な男爵が、清純な乙女を苛む物語”
ではないかと見当をつけたヤンだったが…(「猫舌男爵)。ユーモアと皮肉を織り込んだ表題作の他、
天才女性画家の生涯を追った『睡蓮』など、違った味わいを持つ4篇を併録(あらすじ抜粋)。


ちょっとあらすじを考える余裕がないので抜粋です。すみません^^;
お仲間ブロガーさんの間で秘かに流行っている皆川祭に乗っかりまして、私も以前から気になって
いた本書に手を出すことに。装丁やタイトルが可愛らしく、これなら読みやすそうだなーとかねて
から狙っていた上、他の方からもお薦めして頂いていたので次の皆川作品はこれにしようと決めて
いたのです。ただ、おそらく内容はそういう可愛らしさからは離れた作品なんだろうな、とは思って
いました。皆川さんの世界はそんなに甘いものではないだろう、と。見事に予想通りでした。
ただ、表題作の「猫舌男爵」だけはぷぷぷ、と笑ってしまう可笑しさを感じる作品ではありましたが。
とにかく、文章と世界観が素晴らしい。どの作品も歪んだグロテスクさを含みつつ、妖しい美しさを
感じます。嫌悪を覚えそうな物語も、いつしか皆川さんの世界に引き込まれて読まされてしまう。
私は以前、ある作品の記事で難解な用語を頻発する作品はあまり好きじゃないと書いたことが
あるのですが、皆川さんの文章だとその難解で馴染みのない言葉が自然と受け入れられるから
不思議です。この文章の吸引力はすごいな、と改めて感服しました。



以下、各作品の短評。


「水葬楽」
かなりシュールでグロテスクな話です。ここに悪意が存在したら、平山夢明さんの世界になり
そうですが、それがない分、違う怖さを感じる作品でした。生きながら養液の中で溶けて行く。
意識がある中で少しづつ自分が溶けて行くことを想像するだけで怖い。
二度と聴けない水の音楽。グロテスクで幻想的な独特の世界観に眩暈がしそうでした。


「猫舌男爵」
これ好きですねぇ。おっちょこちょいの主人公ヤンが日本人のハリガヴォ・ナミコ(針ヶ尾
奈美子)の『猫舌男爵』という本を手に入れて独自で翻訳しようと試みるのが大筋ですが、
日本語の習得が上手くいかない為、その翻訳は誤訳や誤解釈だらけ。その上、その訳した本
を巡って、様々な人々から手紙が送られて来るのですが、この書簡のやり取りがとにかく
可笑しい。全然お互いの意志が伝わってないのです。思い込みの激しいヤンの性格が全ての
元凶。ヤンに手紙を出す側の人物としては迷惑この上もない性格ではあります^^;一冊の
誤訳本が様々な悲喜劇を巻き起こすユーモア作。ラストはどうやって収拾つけるのかと思って
いたら、意外や意外、爽快な読後感でした。皆川さんがこんな作品も書かれるとは意外でしたが、
非常に楽しめた一作。ちなみに針ヶ尾奈美子(Harigao Namiko)は皆川博子(Minagawa Hiroko)
アナグラムですね。


「オムレツ少年の儀式」
タイトルからほのぼの作品かと思いきや、かなりブラックな作品でした。少年が悲惨な境遇に
耐えながらも健気に生きて行こうとするラストなのかと思っていたのですが・・・このラスト
には驚愕。これってミステリだったのか!と思いました。巧い。後味はこの上もなく悪いですが。


「睡蓮」
最初何が書きたいのかわからなかったのですが、書簡の日付がだんだんと遡って行くことに
気付いてやっと作者の書きたいことを理解した気がしました。ほぼ全面に渡って書簡のやりとり
だけで成り立っている作品ですが、手紙だけでも天才少女画家の孤独な一生が浮き上がって来る
ところが秀逸。時系列を逆にしたことが功を奏してると思います。天才の能力を与えられても
幸せになれるとは限らない。彼女の死が哀れになりました。


「太陽馬」
これは唯一ダメでした。多分皆川ファンにとってはこういうナチスドイツが舞台の作品こそが
醍醐味だろうとは思うのですが、もともと戦争を扱った作品が苦手なので、非常に読みにくさを
感じました。ほとんど読み飛ばしに近かったです・・・すみません^^;翻訳もののような
この手の作品はやっぱり苦手です・・・。ラストも救いがない。




「太陽馬」みたいな作品ばかりだとちょっとキツイですが、他の作品はどれもどっぷり皆川さん
の世界に浸れて楽しめました。この方の文章はほんとにくせになりますね。もっともっと
読んでみたい気になります。装丁も凝っていていいですねぇ。背表紙部分まで美しい(うっとり)。
タイトルや装丁から寓話っぽい作品を想像しているとエライ目に遭いますが、想像以上に
素晴らしい世界が広がっていることは間違いありません。皆川文章を堪能できる一冊でした。