ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

久保寺健彦/「みなさん、さようなら」/幻冬舎刊

久保寺健彦さんの「みなさん、さようなら」。

マンモス団地に母親と二人で暮らす渡会悟。芙六小学校の卒業式の日に起きたある事件を
きっかけに、団地の外から出られなくなってしまう。学校に行くのもやめ、ストイックな
レーニングと団地内のパトロールだけが日課となった。団地の中だけで生きる悟と対照的に、
同級生たちは一人また一人と団地から去って行く。悟が団地を出られる日はいつかやって
来るのだろうか――トラウマを抱えた少年が孤独や内面の葛藤と戦いながらも恋や友情や
仕事を通して成長して行く傑作青春小説。第1回パピルス新人賞受賞作。


beckさんの記事で以前から気になっていた作品。実は一度借り逃したらあれよあれよと
いう間に予約数がすごくなっていて諦めモードでいたのですが、またしても隣街の図書館
で発見。隣街と市内では借りる人の読書傾向が違うんでしょうか^^;こっちで人気の
作品でも普通に開架扱いで並んでいるから不思議(もちろんその逆もありますが)。
余談ですが、隣街の図書館は新刊を入れるのが異様に早い。発売翌日には入荷している
本もあるからびっくりします。事前予約が出来るのか、新刊の発売日をチェックして予め
購入予定の本は押さえてあるのか、その辺りはわかりませんが。私の市の図書館はその点は
かなり対応が遅い。ま、購入希望出して買ってもらえなかったことはないですが、結構時間が
かかる時も多いです。いや、読めれば何でもいいんですけどね^^;今月すでに5冊も購入
希望を出している私・・・多分図書館のブラックリストに載ってるんじゃないかな・・・。


と、関係ない前置きが長くてすみません^^;;実は、この本読みたいなぁと思ったものの、
どんな内容なのか全く知りませんでした。beckさんと巷の評価が良さそうってだけの理由だった
ので^^;で、読んでみてかなり意表をつかれた内容でした。全篇通してほぼ団地の中だけで
物語が成立しているのです。しかも、各章のタイトルが、芙六小の卒業生107人から少しづつ
人が減って行く体裁(つまり、107-○○=○○人という形)になっているので、初めは
どんどん人が消えて行くホラー的な話なのかと思ってしまいました^^;

主人公の悟が冒頭から学校に行かなくなり、団地の中でしか生活できないという事実が初めは
受け入れられなかった。その理由が明かされるのは随分先のことで、いきなり意味もわからず
身体を鍛えて団地内のパトロールをしたりするので、一体この子は何なんだろうと得体の知れない
思いの方が強かった。夜中に同級生の家を回ってその人がいるかどうか確認するなんて、やっぱり
やられた方は気味が悪いだけだし。単なる引きこもりとはまた違う悟の状況が理解できず、一人
団地の中で生きようとする彼の弱さに好感が持てなかった。

でも、彼が何故そうなったのか、その理由が明かされることで、全てが腑に落ちました。こんな
事件を体験したら・・・彼を弱い人間だと思ったことが申し訳なくなりました。最近世間を
騒がせる事件に通じるものがあります。こんな重いものを背負わされた悟が哀れで、それでも
同級生を守りたいと願う心の清らかさに胸を打たれました。団地から出られなくても、仕事を
見つけて真っ当に生きて行こうとする彼の姿勢がいいですね。ただ、彼と関わる人間はみんな
あっさりと彼の前から姿を消して行くので、取り残される悟が可哀想になりました。特に薗田
との別れはやるせなく、師匠との別れは切なかったです。師匠とのやりとりや関係はとても
素敵だったので。どちらもさよならの言葉もなく突然姿を消してしまうのが悲しい。
それでも、たくさんの別れを経験して成長して行く悟の姿が丁寧に描かれていて良かったです。
終盤の堀田との対決にはハラハラしました。暗いテーマをはしばしにはめ込みながらも、主人公
の成長を追った青春小説としてテンポ良く読めました。









以下、ラストに触れています。未読の方はご注意下さい。










不満を言えば、ラストがあまりにもあっけなさすぎたこと。あそこまで団地から出られない
ことを引っ張っておきながら、母の危篤を聞いて動転していたとはいえ、あっさりと外に
出られてしまうのは納得いかない。境界線を越えたという描写すらないので。もう少し劇的
な書き方をして欲しかったなぁ。まぁ、トラウマの克服なんてちょっとしたきっかけが原因
で治ってしまうものだと言いたいのかもしれないけれど、それにしてもそんなに簡単じゃない
だろうとツッコミたくもなりました。
外に出られた悟がこの後どう生きるのかも興味津々。団地内という閉じられた空間ですら
あそこまで上手く立ち回れていたのだから、きっと、しぶとくたくましく生きて行くの
でしょうね。





団地内という閉じられた空間で生きる一人の少年(青年)の生き様に一喜一憂しながら読みました。
いろいろと考えさせる場面もあり、重さと軽さがバランスよく配置されている良作でした。