ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

上田早夕里/「ラ・パティスリー」/角川春樹事務所刊

上田早夕里さんの「ラ・パティスリー」。

製菓学校時代にアルバイトをしていたパティスリー < ロワゾ・ドール > で4月から晴れて正規の
従業員として雇ってもらえることになった森沢夏織。新人なのでまだ厨房には入れない為、店内の
掃除や販売部での売り子が専らの仕事だ。朝一番早く来て店のシャッターを開けるのも夏織の仕事
だ。ある日、いつものように朝、店のシャッターを開け店内の掃除をしようとしたら、厨房で
見知らぬ青年が鮮やかな手つきで飴細工を作っていた。話を聞いてみると、彼は「ここは自分が
経営していた店だ」と主張する。しかし、店長に聞いてみても全く知らない人物で、双方の意見
は食い違う。確かに彼は長年働いていたとしか思えないほどこの厨房に馴染んでいるのだ。一体
彼は何者なのか?神戸のフランス洋菓子店を舞台に繰り広げられる甘くほろ苦いパティシエ小説。


以前に読んだミステリフロンティアの「ショコラティエの勲章」よりも以前に書かれたスイーツ小説
ということで、また美味しそうなスイーツに出会えることを期待して借りてみました。「ショコラ
ティエ~」はタイトル通り、チョコレート屋さんが舞台でしたが、今回もタイトルそのまま、
ケーキ屋さんが舞台(『ラ・パティスリー』はフランス語で『ケーキ屋さん』の意味です)。
期待通り、出て来るスイーツの描写がとても美味しそうで、今回も無性に甘いものを買いに走り
たくなりました(苦笑)。もちろんこれも空腹小説ですよ、チルネコさん(笑)。
ショコラティエ~」とは微妙にリンクしているようなのですが、例によって本が手元にない為
はっきりどこが繋がっているのかわからなかったです(ここかな?という部分はあるのですが、
合ってるかどうかは謎^^;)。

読み始めた当初はSF的な展開になるのかな?とずっと思っていたのですが、全然SF
要素はありませんでした^^;実は読み終えるまで意識していなかったのですが、どうやら
これはミステリー小説の範疇に入るらしい。確かに、突如 < ロワゾ・ドール > に現れた謎の
青年恭也が入れるはずのない厨房にどうやって入ったのかとか、彼が何故自分が < ロワゾ・ドール >
のオーナーだと主張するのかとか、その辺りの謎の部分は論理的な説明が成されるので、
ミステリと言われるとなるほど、とも思うのですが。ただ、だからといってその説明を読んで
すっきりしたかと言うと微妙。ミステリーを書きなれていない人がたまたま書いた物語がミステリ
っぽくなっちゃったみたいな感じというか。そもそも、この方SFでデビューされたようなので、
私の第一印象のストーリー展開もあり得たのではないかと思えて仕方ない。そして、そっちの方が
もっと面白い小説になったような気がしたりして・・・(作家さんに失礼か)。

スイーツ描写は今回も絶品だったのですが、キャラ造詣が「ショコラティエ~」同様薄味で、
いまひとつ主人公の夏織の性格も好きになれず、あまり感情移入できなかったです。だって、見習い
一年目なのに自分の仕事そっちのけで恭也の仕事を見学しようとしたり、目上の人に意見したり
好き勝手。自分の立場を弁えないずうずうしい態度にイラっとしました。ただ、お店の清掃や販売
の仕事を嫌がらずにきちんとこなす所などには好感が持てましたが。恭也との恋愛部分について
も不満。彼女がいつ彼を好きになったのかが全く見えて来なかった。後半になっていきなり彼への
恋愛感情が爆発しているので、かなり面食らいました。二人で朝の掃除をしている時とか、
もっと彼女の心の動きを感じる内面描写があったらよかったと思うのですが。スイーツ描写は
素晴らしいのに、肝心の人物描写がいまひとつなので、物語全体に深みが感じられないところが
残念。ただ、文章は非常に読みやすく、洋菓子店の内情なども説明っぽくならずに自然に物語に
溶け込ませて読ませる力があるので、文章自体はかなり光るものを持っていると感じます。
書きなれたらもっと面白い作品が生み出されそうな気がします。

とにかく、甘いもの好きならばうっとりするようなスイーツ描写だけでも楽しめると思います。
例のごとくにネット書評を回っていたら、上田さんご本人のHPに行き当たり、本書の続編が
出ることが決定したとの情報が書かれていました。基本的な登場人物は変わらないそう。夏織と
恭也の中途半端な恋愛の結末にもはっきりと答えが出るのでしょうか。これは是非読んでみたい
と思います(いつ刊行かわかりませんが^^;)。