ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

三羽省吾/「タチコギ」/幻冬舎刊

三羽省吾さんの「タチコギ」。

祖母の葬儀で三十年ぶりに息子を連れて帰郷することになった柿崎信郎。ある出来事から心を
閉ざした十歳の息子は、信郎の実家でも親戚の子供たちを前に萎縮していた。息子に何を
言えばいいのかわからない信郎は、自分が同じ十歳の頃に過ごしたこの鉱山の町での出来事を
回想し始めた――。


楽しみにしていた三羽さんの新刊。蔵書が一冊しかないので回って来るのに大分時間が
かかりました。表紙から爽やかな青春ストーリーなのかなーと思っていたら、大幅に予想が
覆されました。これがあの底抜けに明るくエネルギッシュな快作『太陽がイッパイいっぱい』を
書いた作者なのか?と思うくらい、全体的に重くて暗い。主人公の子供時代の回想がほとんど
なので、子供たちのバカでくだらない行動を追っているのに、その背後には常に不穏な空気が
漂っていて、明るさが影を潜めている。
彼らの町が鉱山の町で、彼らの親の多くが炭鉱労働者であり、その鉱山は不況のあおりを受けて
労働者たちには厳しい風が吹いている、という舞台背景も町全体の不穏な空気を助長させています。
子供たちの間にはいじめのような遊びが流行っているし、貧しい子供の家では家庭内暴力が行わ
れている。ただ、30年前の子供たちのいじめはまだ現在のような陰湿さはなく、いじめる側も
それを『いじめ』として認識していなかったりする分、どこか無邪気さが漂っています。そういう
意味では、30年後に信郎の子供が置かれている状況とは大分違いがあるという感じがしました。
智郎の置かれるいじめの状況はいかにも現代らしく、ネットでの誹謗中傷から始まっているので、
時代の流れを感じます。それでも、いじめを受けてネットである言葉を書き散らした智郎と、
30年前にすべての状況が嫌になってある行動に出る信郎の同級生、ガボちゃんの中の暗い
狂気には共通するものがあるように思いました。

全体を流れる暗いトーンや子供たちの諍いなんかの描写がくどくて、途中読むのがかなり
しんどかったのですが、それでもぐいぐい読まされてしまった。それぞれのキャラなんかは
やっぱり三羽さんらしさが出ていると思うし、小4のノブを中心に、彼らの仲間たちの言動は
いかにもアホで憎めない。ダゼ夫やケビンとの対立もいかにも子供らしい対決方法で苦笑して
しまった。でも、その結末はちょっとやりすぎだと思いました。野球対決の結末はノブたち
があまりにも可哀想だったので、一矢報いたという意味では少し胸がすく思いもあったのですが。

30年後の飲み屋の人々の正体には驚きました。特に葬儀屋の正体には一本取られました。
みんな大人になったということね。飲み屋の主人が案外まともに生きているのが意外でした。
なんか、もっと悪いことに手を染めそうな感じがしてたんで(苦笑)。カウンターで眠ってた
オヤジと仲良く(?笑)なってたのも意外。でも、なんか二人の関係はいいですね。同類相憐れむ、
の世界ではありますが^^;結局、飲み屋の主人とある女性との過去の関係がわからないまま
だったのが消化不良といえば消化不良でした。

かつての自分を思い出して、不登校の息子にかけてあげる言葉を探した信郎。その答えが、
ラストの列車の中での全てだと思います。すごく含蓄のある言葉なんかではないけど、父の
思いは間違いなく息子に伝わったと思う。なんだかジーンとしました。途中気が滅入って
挫折しそうにもなったけど、ちゃんとここまで読んで来て良かった、と思いました。

万人に受け入れられる話ではないと思うけど、三羽さんはやっぱり上手いな、と感じる
作品でした。好きな話かと聞かれると答えに詰まるのですが(大部分は好きじゃない場面
ばかりだったので^^;)、読んで良かったと思える作品でした。
三羽さん、すでにもう新作が出たようなので、そちらも楽しみにしていよう。