ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小路幸也/「空へ向かう花」/講談社刊

小路幸也さんの「空へ向かう花」。

人を殺してしまったぼく。死んであやまろうと思って屋上から飛び降りようとしたら、ずっと
向こうの、小さなビルの屋上からキラキラした光が眼に入ったんだ。光で、ぼくを呼んでる。
『おいで』って。だから、ぼくは死ぬのをやめて、その光のもとに行ってみたんだ。そして、
一人の女の子と、出会った――心に傷を負った少年と少女、そんな二人を温かく見守る大人たち。
優しい目線で語られる、鎮魂と再生の物語。


小路さんの新刊です。「うたうひと」は借りたものの、返却期限内に読めずに返してしまったので
今度こそリベンジ!と一気読み。この人の本は読みやすいし字数が少ないからその気になれば
二時間くらいで読めちゃうんだよね。最近の小路作品には似た作風のものが多くて、弱冠食傷気味に
なっていたのだけれど、本書は良かった。テーマは重いです。主人公ハルが犯した罪は『人殺し』
大人が背負うにしても最も重い罪であるのに、幼い少年が背負うのはあまりにも重過ぎる。ハルが
とても健気で優しいいい子だからこそ、読むのが辛かった。冒頭から、殺してしまった少女に
謝るために、屋上から飛び降りようとするハル。こんな小さな少年が自ら死を決意するなんて、一体
その胸の内にどれだけの思いを抱えていたんだろう。ハルの小さな心が壊れて、空っぽになって、
屋上に上がって行く姿を想像しただけで、胸が押しつぶされそうになりました。でも、それを
鏡のキラキラで止めたカホ。彼女もまた、心に重いものを抱えていた少女でした。だからこそ、
ハルのことを助けたかったんだと思う。カホは、ハルが殺してしまった少女の親友。普通だったら
ハルのことを恨む立場だと思う。でも、彼女は「起きてしまったことは仕方のないこと」と、ハル
を責めることは一切しなかった。カホの心の清らかさには驚かされました。こんな風に考えられる
子がいるなんて。それは多分、小路さんの目線の優しさが生み出すものなんだろうな。ハルとカホ、
二人の関係は本当に良かった。二人が出会えたことは運命だったと思う。そして、二人がそれぞれ
出会う二人の大人、キッペイさんとイザさん。この二人がまた素晴らしくいい仕事をしてくれて。
この4人は、出会うべくして出会ったんだと思えました。死んでしまった少女の為に取り壊される
かもしれないビルの屋上で庭園を造る4人。壊されるかもしれなくても、それでも屋上を花で
埋め尽くそうと頑張る彼らの想いが伝わって来て、温かい気持ちになりました。

ハルの友達のトオルもいい子だったなぁ。毎度のことながら、小路さんの作品の中には悪人が
ほとんど出て来ない。世の中はそんなにいい人ばかりじゃないよって思わなくもないけど、
これが小路幸也の世界で、この優しい世界に救われる思いがするのも事実。この感覚は坂木司
さんを読む時の感覚に似てるかも。
ラストも小路さんらしい未来に向けた終わらせ方でよかったです。夢水探偵の台詞じゃないけど、
子供は幸せでいなくちゃいけないよね。ましてや、ハルやカホみたいに本当にいい子たちならば
尚更。彼らの未来がどんどん明るくなっていけばいいと思う。あの花で満たされた屋上庭園で。

ただ、やっぱりハルが実際ユキナちゃんに何をしたのかが結局書かれなかったことは消化不良
でした。小路さんは敢えて書かなかったのだろうけど、やはりそこの部分はぼかして欲しく
なかったと思う。彼が一体どんな状況で彼女を死に至らしめてしまったのか、それは違う
方向から見たら単なる事故なのかもしれない。みんながハルを『人殺し』と見做しているし、
ハル自身が『人を殺した』と認めているだけに、ハルに責任があることなのは確かなのだとは
思うけれど。小路さんは、割とこんな風に肝心なところをぼかして書くことが多いように思う
のですが、そこは私としてはきっちり書いて欲しい所なんですよね。なんだかすっきりしない
読後感になってしまうので。まぁ、本書はそれほどマイナス評価にはなってませんけど。


最近の小路作品の中ではピカ一の出来だと思います。静かに淡々と語られる物語の中に、深く
優しいメッセージが込められていると思いました。たくさんの人に読んで欲しい佳作です。