ミステリ読書録

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望月守宮/「無貌伝~双児の子ら~」/講談社ノベルス刊

望月守宮さんの「無貌伝~双児の子ら」。

ヒトデナシという妖のものが跋扈している時代、人のもとに育てられたヒトデナシの怪盗『無貌』
によって顔を奪われた失意の名探偵・秋津のもとに、天涯孤独の少年・望がやって来る。望は
秋津こそが無貌そのものなのではないかと彼に拳銃をつきつける。しかし、それが誤解だとわからせ
た秋津は彼に助手にならないかと誘う。秋津はちょうど鉄道王の一族の一人娘・芹を無貌から守る
依頼を受けたところだった。他に行くあてもない望は仕方なく了承し、二人は凪野県の常道市に
向かう。芹を護衛する二人の前で次々と怪異が巻き起こり、ついに恐るべき連続殺人が――!
惨劇の裏に隠された真実とは――!?第40回メフィスト賞受賞作。


一時は制覇を目指して読み漁っていたメフィスト賞ですが、途中から自分の好みに合わない作品が
多くなり、ここ数年はほとんど手を出すことがありませんでした。でも、選考委員が絶賛し、日参
している某ミステリサイトの管理人さんもべた褒めしていた本書には久しぶりに食指が動かされ、
手に取ってみることに。
結果は大当たり。面白かった!本当に久しぶりにメフィスト賞らしいミステリを読んだような気
がします(といっても、近年の受賞作はほとんど読んでいないので、私が知らない良作がもっと
たくさんあるのかもしれませんが^^;)。
出だしから中盤にかけては『ヒトデナシ』『無貌』といった非現実的な要素の概要を掴むのに
躓いて、作品になかなか入っていけなかったのですが、慣れて来た中盤以降はさくさく読み進め
られました。独特の世界観を構築しつつ、謎解きにその荒唐無稽な『ヒトデナシ』『無貌』
『匂色』といった設定がきっちり生かされているところが秀逸です。連続殺人の犯人自体は案の定
というか、あまり意外性のない人物であり、その動機もやや理解し難いものがありましたが、
事件の真相を超えて、その後で繰り広げられる『無貌』側、探偵側それぞれのエピソードにドラマ性
があった所が良かったです。『無貌』が完全な悪役ではなく、望に接触して殺人事件の情報を
掴んだり、どこか憎みきれない曖昧な存在になっているのが面白い。もちろん、『顔』を奪われた
秋津にとっては悪役以外のなにものでもないのでしょうが。人体のパーツを盗んでそれを体内に取り
込み、一つの『無貌』という存在になるという設定は、頭に思い描くと非常にグロテスク。『無貌』
に襲われた人間は、その人間を『見た』ことがある人からは『見えなく』なってしまうという、
なんだか複雑な設定があり、それがあったら何でもアリになっちゃうじゃんとも思ったのですが、
この設定が事件の真相に非常に巧く組み込まれていて感心しました。ご都合主義的と言われてしまう
とそれまでのような気もしますけれど^^;

私が一番気に入ったのは、終盤ある覚悟を抱えて犯人と対峙する望と、自らの失意と心の葛藤を
乗り越えて探偵活動を再開する秋津、事件を通してそれぞれの人物の成長が伺える点です。
特に望に関しては、事件の真相に気付いた途中から人が変わったかと思うくらい、立派に探偵役
を勤めています。ちょっと豹変しすぎて15歳の少年に見えなくなってしまった感もありましたが、
犯人と対峙した時の彼の台詞や犯人への怒りは胸に迫るものがありました。秋津探偵に関しては
終盤までいまいち掴み所のない人物であり、探偵としてのやる気のなさには情けないものを感じて
イライラしたりもしたのですが、ラストの望に対する行動でやっと彼の本質がわかった気がして
嬉しかったです。後日譚は予想したそのまんまの展開でしたが、それが非常に爽快でした。

少々基本設定がわかりづらく、途中中だるみする感じもありますが、全体的にはとても面白く、
飽きずに読み進められました。歴代メフィスト賞受賞作の中でもかなり気に入った作品。
伝奇的な世界観や昭和初期頃のパラレルワールドの日本(首都が『藤京』だったりとか)
といった時代がかった舞台設定も好みでした(貫井さんの明詞シリーズを彷彿とさせました)。
すでに今年秋に続編刊行が決定しているようです。孤高の少年望君と『顔』が失われた名探偵
秋津氏の今後の活躍に大いに期待したいです。次を読むのが楽しみだ。