三浦しをんさんの「光」。
人口271人の美浜島で生まれ育った中学生の信之は、同級生の美花と付き合い始めてから、彼女
との情事のことばかり考えて過ごしていた。そして彼は、幼い頃から自分の後を追いかけて来た
年下の輔が父親から虐待を受けていることに気付きながらも見ないふりをし、彼のことを疎ましいと
さえ感じ始めていた。ある夜、夜中に抜け出して美花との逢瀬を楽しもうと山の斜面の一角にある
神社に向かった信之は、彼を追ってやってきた輔に苛立ちながらも、一緒に美花のもとへ向かう。
そんな三人の見る前で、突然島が津波に襲われた。津波によって、島の全ては壊滅し、島民は
彼らの他数人を除いて全て死に絶えた。家族も友人も知人も全てが失われた彼らはそれぞれに
島を出て違う人生を歩み始めたが、島を出る直前、信之は恋人の美花を救う為、ある犯罪に手を
染めていた。20年の時が流れ、犯した罪を隠し平凡な人生を送っていた信之の前に、再び輔が
現れ、悲劇の歯車が回り出した――直木賞作家、渾身の長編ミステリー。
驚いた。これがあの『風が強く吹いている』のような爽やかな青春小説や、抱腹絶倒のエッセイ
を書かれている作家が書いたものだとは。ここまで徹底したノワール小説が書ける作家だとは
全く思っていませんでした。始めから終わりまで、全くといっていい程救いがなく、登場人物
にも一切好感が持てなかった。嫌悪感ばかりが次から次へと湧き上がって来るような展開に
気が滅入って、何度も本を閉じたくなりました。でも、閉じられなかった。読む手が、全く
止められなかった。ヒロイン美花のキャラ造詣といい、落とせる所まで徹底して落とすような
救いのない展開といい、のめり込んで読ませるリーダビリティといい、『白夜行』や『幻夜』
のような東野作品を彷彿とさせました。
タイトルにある『光』なんてどこにも差さない、暗い闇の中に取り残されたような気持ちに
なる作品でした。内容とは対極にあるこのタイトルがある意味はまっているとも云えるのかも
しれませんが。もちろん、タイトルの『光』にはちゃんと意味があるし、三浦さんがこのタイトル
をつけた理由も最後まで読むとわかるようになっています。それにしても、出て来る登場人物が
ことごとく性根が腐っているような人間で、彼らの言動は唾棄すべきものばかりでした。普通
ここまで書かないだろうと思う部分まで徹底して描写されているので驚きました。文章は
もともと上手い作家だとは思っていたけれど、上手いだけにリアルさがあり、余計に嫌悪感が
強かった。ショッキングなシーンもたくさん出て来るのだけど、一番嫌だったのは信之の子供
がある奇禍に遭うシーン。その後処理の描写なんかも顔を背けたくなる程気分が悪くなりました。
そして、その後の信之の態度や心理描写も常人には理解しがたいというか、したくないものが
ありました。主人公の信之にしても、実花にしても、輔にしても、島にいた中学生の頃から
その醜悪な性格の片鱗は感じていたので、大人になってからの彼らの言動は案の定という感じ
がしました。人の性格はそうそう変わらない。暴力を与えられて育った人間はやっぱり歪んだ
心を持つ大人になるし、犯罪を犯した人間はまた犯罪を犯すし、自分が生きる為になら手段を
選ばない人間はどんな卑怯な手を使ってでも自分の願いを叶えようとする。全く、うんざり
するほど醜悪で醜塊で、三人とも地獄に落ちろ!と思ってしまった(by『少女』)。
でも、真に一番醜悪なのは島出身の三人よりも、信之の妻・南海子だったかも・・・。彼女の心理
描写には鬼気迫るものがありました。特に終盤、娘に対する言動や、最後の信之に対する選択
など、もう、常人の理解を遥かに超えています。自分が平穏に暮らす為ならなんでもいいのか、
と問いかけたくなりました。この作品に出て来る登場人物はみんな、現代社会が造り出した
モンスターのように感じました。怖い。ほんとに、最初から最後まで嫌な話です。眉間には
しわが寄りっぱなしでした。でも、読まされた。すごかった。全く好きになれない話だけど、
読めて良かったと思う。直木賞はまぐれじゃない。こういう作品で獲った方が納得されたんじゃ
ないのかなぁって気はしますが。作者の新境地とも云えるし、作者の実力は充分思い知れたけど、
やっぱり私は三浦さんには爽やかなのを書いて欲しいなぁ・・・。
読者を選ぶ作品だと思いますが、『白夜行』や『悪人』なんかのクライムノベルがお好きな方
には是非読んで欲しい力作だと思います。でも、とにかく救いがないので、ある程度の精神力
が備わっている時の方が良いかもしれません。読み終えてしばし精神的疲労で放心状態でした^^;