ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介/「鬼の跫音」/角川書店刊

道尾秀介さんの「鬼の跫音」。

私はSの死体を埋めた。歳月が殺人の証拠を消し去ってくれると確信していた。私の犯罪を知って
いるのは、倒木の陰で侘しげに鳴いていたあの鈴虫だけ――そして、十一年の時が流れ、警察が
私の元へやってきた――(「鈴虫」)。著者初の短編集。


道尾さん新刊です。今回は初めての短編集。道尾さんの短編は初めて読むけれど、どの作品も
ミステリとホラーの境界線にあるような独特の雰囲気を持っていて、素晴らしい出来です。
これがダントツに気に入った!みたいなのはないんだけど、どれも道尾さんらしい小技が効いて
いて、非常に読ませる作品に仕上がっています。また、全ての作品で共通して出て来るのが
頭文字がSという人物。全ての作品のSはそれぞれ別人なのだけれど、同じSという頭文字の
人物が出て来ることで、連作のような纏まりのある短編集になっています。もう一つ、全て
の話に共通して出て来る要素が『鴉』。この間の長編が「カラスの親指」だし、道尾さんは鴉
という鳥に特別の思い入れがあるんでしょうか。まぁ、確かにホラーテイストを演出するのに
一番適した鳥ではあるでしょうけど。また、全ての話ではないものの、複数出て来た昆虫類も
道尾さんらしいホラーテイストの演出に一役買っていると云えるでしょう。系統で云えば、
『向日葵の咲かない夏』の雰囲気に少し近いかなと思いました。現実と幻想の間にあるような、
どこか酩酊感漂う独特の世界観が非常に好みでした。ラストの落とし方も秀逸なものが多く、
短編ながら一作一作丁寧に作品を書かれているのが伝わってきます。さすが、道尾秀介、と
言わしめる作品ばかりでした。


以下各作品の短評。


『鈴虫』
Sが死んだ真相はなんとなく予想がついたのですが、鈴虫が主人公に何を囁いた(と主人公が
思い込んだ)のかが気になります。主人公は何を「わかってた」のでしょうか・・・。
鈴虫がこれからすることの答えを聞いて、ぞくりとしました。


『ケモノ』
囚人が残した椅子の脚のメッセージに隠された真実にはのけぞりました。これはミステリとして
良く出来ていますね。『我が妹よ』の部分は、挿入されたイラストを見た限りちょっと苦しい
かな、という印象もあったのですが^^;
ただ、もっとすごいのはラスト2ページ。ここまでは想像しなかった。モンシロチョウのモチーフ
がとても効いています。この黒さ巧さはタダモノではありません。


『よいぎつね』
これはラストにいまいちピンとこなかったのですが、主人公のしたことは人間として許しがたい
ことであり、彼の末路は全く自業自得、因果応報と云うしかないでしょう。こういう人間は
地獄に落ちるのです(最近このフレーズお気に入り(笑))。


『箱詰めの文字』
絶対最初の方のある文章は後半の伏線だろうと思って読んでいたので、ラストで明かされるある
事実を読んだ時は案の定、という感じでした。青年は本当に、一体何がしたかったんでしょう。


『冬の鬼』
これはすごいです。ある女性の日記のみで構成されていますが、日記が一日づつ遡って行くことで
衝撃の真実が浮かび上がって来る形。皆川さんの『猫舌男爵』の中に収録されていた『睡蓮』を
ちょっと思い出しました。ラストで1月1日の日記を読んで再び冒頭の8日の日記に戻ると、
その記述の意味が腑に落ちました。達磨の使い方もなかなかすごい。主人公の狂気が少しづつ
明るみになることで、胸にじわじわと迫り来る怖さがある作品でした。


『悪意の顔』
この作品のSが、この短編の中に出て来るSの中で一番怖い人間かもしれない・・・。ラストは
やっぱりそう来たかー!って感じでした。Sは一体どんな大人に育つのか・・・怖すぎます^^;;
爽やかな友情物語から一転、一気に落とされる暗黒オチに唸らされました。うーん、巧い。



いやー、やっぱ道尾さんはすごい。どれもこれも一筋縄ではいかない短編ばかり。完成された
独特の世界観と技巧力はさすがとしか言えません。ミステリというよりはホラーや幻想小説っぽい
雰囲気が強いけれど、優れたミステリとしても読ませるものばかりです。作者の手腕が十二分に
発揮された傑作短編集と云えるでしょう。おススメです。