ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

恩田陸/「ブラザー・サン シスター・ムーン」/河出書房新社刊

恩田陸さんの「ブラザー・サン シスター・ムーン」。

高校時代の課外授業でたまたま一緒の班になった楡崎綾音、戸崎衛、箱崎一。そこで行き着いた
廃墟のような町。あの時の不思議な光景は一体何だったのか――卒業した三人は、それぞれの道
を歩み始める。しかし、ふとした瞬間に甦って来るのはあの日、三人で過ごしたあの不思議な光景
なのだ――。


これは、なんとも・・・人に紹介しづらい小説ですねぇ。恩田さんの小説はいつも一気読みで
あっという間に読めてしまうのだけれど、これはページ数も本文の量も内容も、今までに
ないくらいに読み応えがなかった。いや、読み応えがないってのはちょっと言い方悪い気が
するけど、とにかく何も事件が起こらないし、人間関係に変化もない。ただ、淡々と三人の
人物がそれぞれに自分のことを語り、過去の記憶を思い返す。一読した限りでは多くの人が
「だから、それで?」と首をかしげてしまうような気がします。ちょこちょこ書評めぐりを
してみた限りでも、評価は概ね芳しくない。さらりとしていて、何も残らない小説って感じの
評価が一番多かったかな。確かに。一人づつ出て来る語り手の三人も、それほど強烈なキャラ
でもないし、一体どこを読みどころに据えていいのか読者が戸惑ってしまう作品って感じが。

ただ、個人的な意見を云うと、私としては非常に恩田さんらしい作品なのではないかという気
がします。特に、三人のさらりとした乾いた人間関係。たった一度、高校時代に経験した不思議な
記憶を共有することによって、卒業して会わなくなっても心のどこかで他の二人を意識している。
綾音と衛が大学時代に付き合っていつの間にか自然消滅してしまったのも、この二人のキャラ
なら納得。それでも、どこかお互いを忘れ切れずに大人になって行く。綾音に好意を寄せている
のに、それに気付かない一や、それに気付いていながら指摘しない衛、こういう二人の性格や
微妙な人間関係なんかもさらりとリアルに描いていて、巧いなぁって思う。

小説、音楽、映画と、三人三様違う道を歩んで行くけれど、それぞれに進む道の原点には三人
で過ごした廃墟のような町と、一本の映画と、空から降って来た蛇の記憶がある。心の中の
原風景を通して、自らの歩んで来た道を振り返る回顧小説とも云えるのかな。確かに読んだ後に
何も残らない。でも、こういう、記憶に残る原風景って、誰の中にもあるのじゃないかな。いつも
思い出すのではなくて、何かをきっかけにふと思い出す記憶。懐かしくて、大切で、秘密にして
おきたい記憶が。そういう心の中にある心象風景を描くのは本当に巧いと思いますね。

綾音の章では一部、恩田さんの私小説なのかと思わせるかの如くの下りがあるし、ラストの
一のインタビューに対する感想も、恩田さんが常々感じて苦々しく思っていることのように感じ
られるし、かなり恩田さんご自身が反映されている作品なのではないかと思う。だからかえって
あっさりと描きたかったのかも。小説、音楽、映画、三つの要素は多分恩田さんにとっても大切で、
必要不可欠なものなんでしょうね。

私はそれなりに面白く読みましたが(相変わらずの盲目的ファン心理)、恩田ファンの人にも
これはちょっと積極的にお薦めしようとは思わないなぁ。確かに、さらりとしすぎて、「結局
何が書きたかったんだ?」ってなりそうな気が・・・。『きのうの世界』があまりにも詰め込み
すぎて密度が濃かったから、ちょっと息抜きしてみたって感じの、ちょっと肩の力を
抜いた作品。まぁ、お手軽に読める分には手に取りやすいと思うけど、惹句の「青春小説の
新たなスタンダードナンバー」はどうかと思うな・・・。『夜ピク』みたいな青春小説を
期待すると大幅に裏切られるでしょう^^;


それにしても相変わらずミステリから遠ざかってるなぁ。次に記事を書くのもミステリ以外。
さすがにミステリ禁断症状が出始めてきた^^;