ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

貫井徳郎/「乱反射」/朝日新聞出版刊

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貫井徳郎さんの「乱反射」。

強風の夜、倒れた街路樹の下敷きになって二歳の幼い命がこの世を去った。事故の原因は多くの
人々の中にあるほんの小さなエゴイズム――。新聞記者である幼児の父は、事故の原因を作った人々
のもとを訪れ、それぞれが犯した罪の責任を糾弾する。しかし、誰一人として自分の罪を認めよう
とはしなかった。遺族はただ慟哭し、絶望するしかないのか――インモラルな現代社会に一石を
投じた圧巻の社会派エンターテイメント。


相変わらずこの人の作品は一度読み始めたら止められない。息をするのも忘れて読みふけって
しまった。ここ数作青春小説やら短編集やら、軽く読めるものばかりが続いていたので、
久々にガツンとやられた作品でした。ストーリーは至って単純で、冒頭で説明書きがあるように、
二歳の幼児の死を巡る物語です。小さな無垢の命が失われるに至った経緯には、幾重もの
原因が複雑に絡み合っていました。本書の章立ては-44に始まり、-43、-42・・・と
過去から現在に進んで行き、0(ゼロ)を通って1、2・・・と進んで行きます。読めば
大抵の人がピンと来るだろうとは思いますが、ゼロの章で幼児の死の事件が起こります。その後は
幼児の父が何故事件が起こったのかを追及していく構成になっていきます。冒頭で述べられて
いるように、登場人物のほとんどが『加害者』として登場します。ただ、一人を除いて誰一人
として自分の行為が幼児の死を招いたなどと認めようとしません。確かに、一人一人のしたことは
ほんの小さなモラル違反に過ぎない。ほんの少しの罪悪感は覚えても、それが他人に害をなす
などとは少しも思わないで、「誰もがやってること」だと自己弁護しながらやり過ごしてしまう。
そうした小さな罪が幾重にも重なって、絡み合って反響し合い、予想し得なかった事故が起きて
しまった。まさしく、軽微な罪の乱反射によって起きてしまった大惨事。事故に関わった人々
の言動はすべてが嫌悪しか感じないものでした。出て来る人物がことごとく身勝手な言動を
繰り返すので、ムカムカイライラしっぱなし。人間のモラルはどこに行ってしまったんだ!と
嘆きと憤りを覚えました。ただ。彼らのようなモラルの欠けた行動を、過去に自分が全くして
来なかった、そして、今後も絶対しないと断言できるのか、その自信は、はっきりいって、ない。
というより、自分だって小さなモラル違反は確実に犯した経験がある。だから、本書で出て
来た『加害者』たちを心から憎むことができない。どの人物もほんの小さな出来心でしてしまった
悪意のない行為。法で裁くことすら出来ない軽犯罪。幼児の父である主人公が、「いっそ一人の
人間が息子を殺したのであってくれた方が良かった」というようなことを考えるシーンがあるの
ですが、この作品を読んで、確かに、はっきり憎むべき人間がいる方がよっぽど遺族としては
楽なのではないかと思いました。遺族の父親が事件のきっかけを作った人々にそれぞれの
責任を糾弾して回るのですが、誰一人として自分の罪を認めて謝罪しようとしない。そして、
遺族側も強く責任を追及できない。残るのはただ、虚しさとどこに向けていいのかわからない憤り。
世の中の不条理にやりきれない気持ちになりました。

ただ、唯一、石橋造園の社長の潔い態度だけは救われる気持ちがしました。唯一罪に問える
人物であった安達が自らの罪を認め謝罪したことは、遺族にとっても救われる要素だった
と思うのですが、それ以外の人物の態度によって、父親の心が押しつぶれて行くのが苦しかった。
子を失くした親の慟哭の凄まじさ。きっと体験した人にしかわからないのでしょう。

緻密な構成、リアリティのある人物造詣、息もつかせぬリーダビリティ。どれをとっても一級品。
ただ、読んでる途中は登場人物たちの身勝手なエゴイズムに胸がムカムカするし、読了後は酷く
空虚なやるせなさだけが残りました。
本書に出て来る身勝手な人々のような行動をしないよう自戒しなければ、と身につまされました。
ほんの小さな出来心が、因果な結末になりかねないのだから。

すごい作品でした。516ページが全く長く感じなかった。
今年度を代表するミステリーの一冊になるのではないかと思う。
是非多くの人に読んで、何かを感じ取ってもらいたい作品です。




余談ですが、貫井さんご本人も言ってらしたそうですが、この表紙、ほんとに東野さんの
白夜行』にソックリ。同じ社会派エンターテイメントだし、何かと比べられそうだ。