ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

三浦しをん/「神去なあなあ日常」/徳間書店刊

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高校の卒業式まで就職活動もしないでだらだらと過ごしていた平野勇気。このままフリーターで
のんべんだらりと適当に暮らして行こうと考えていた。しかし、卒業式の後、担任が突然就職先
を見つけて来たという。訳もわからず母親から餞別の三万を渡されて三重県の神去村に送り込まれた
勇気。渡されたのはチェーンソー――!?母と担任の陰謀で何の因果か林業の世界に送り出された
青年の一年を綴った成長日記。


いつの間にか新作が出ると追いかけるようになってしまった三浦しをんさんの新作。前作『光』
ではタイトルとは正反対の、陰々鬱々たる救いのない世界を描いて読者の気を滅入らせたしをんさん
でしたが、今回はしをんさんらしい、楽しく清々しいエンタメ作品でした。なんと今回のテーマ
林業!おいおい、どうなんだよそのテーマって、ツッコミたくなるでしょう?でも、これが
抜群に面白いのです。作品の体裁が、主人公勇気の独白形式になっているせいもあって、ところ
どころに神去村の人々の言動やトンデモない習慣や風習に一人ツッコミを入れたりして、ユーモア
あふれる筆致になっているところも読んでいて楽しい。もちろん、神去村での体験自体が目が点に
なる位奇妙で不思議なものばかりというのが一番大きいのですが。また、勇気が放り込まれた
中村林業のメンバーたちが素敵な人ばかり。おやかたさんの清一さんは若いのに渋くて冷静で
かっこいいし、一緒に生活することになるヨキは林業の腕前は一流なのにガキが大人になった
みたいなやんちゃで楽しい男だし、壮年の巌さん、老人の三郎じいさんも半人前の勇気を見守り
支えてくれる温かい人柄だし。心を癒してくれたのは清一さんの息子の山太くん(このネーミング
センスはどうなんだと思うが^^;)、ヨキの飼い犬ノコ、そしてヨキの祖母の繁ばあちゃん!
彼らと勇気のエピソードには心がほかほか温まりました。特に好きなのは夏祭りで勇気が繁ばあ
ちゃんに一万円の両替を頼むくだり。ばあちゃんの500円が心にじんわりと沁みました。
タイトルの『なあなあ』は、『ゆっくり行こう』とか『まぁ落ち着け』みたいな意味の神去村の
方言。村の人々の口癖です。こんな言葉が口癖になる位だから、この村の人々がのんびりしている
のは推して知るべし。でも、そんなのんびりした村の人々も、山の神事の時だけは人が変わった
ように厳粛になります。山には神様がいて、村人たちは頑なにその存在を信じているから。
真剣に山の神様への神事を行う村人たちの行動は滑稽でもあるのだけど、それだけ村人たちが山を
愛し、尊敬の念を抱いているということでもあり、粛々とした気持ちになりました。実際に勇気が
山の中で出会う神秘的な出来事の数々には面喰いましたが。いきなりのファンタジー要素に驚き
ましたが、山の神秘を考えるとそれも必然だと思えるからそれほど違和感はありませんでした。

勇気が林業にはまって行くくだりはもう少しじっくり書いて欲しい気はしたのですが(結構すぐに
馴染んでしまう展開なので)、未知の林業という世界に足を突っ込み、一人前になりたいと足掻く
青年の成長が清々しくユーモアたっぷりに描かれ、終始飽きることなく読み終えられました。神去村
の『なあなあ』な雰囲気がとっても良かった。都会にいたら絶対体験できない自然との触れ合い。
仕事を通じて心を通い合わせる男同士の人間関係。勇気の体験はとても貴重で得難い素晴らしい
ものだと思います。なんだか、勇気がとっても羨ましくなりました。いろんなことを素直に吸収
して成長できる勇気のキャラもとても好感が持てました。なんだかんだで与えられた仕事や役割
は出来るだけきっちりこなそうとする真面目さも持っているし。仕事や人と真摯に向き合える
とても良い子だと思う。林業と出会ったことで、彼は本当にいい大人になるのではないかな。
直紀さんとの恋の行方が気になるところです。続編書いて欲しいなぁ。

林業という一般的には未知の世界をここまで描き切ったしをんさんはやっぱりすごい。たくさん
取材されたんでしょうね。本当に、文章の上手な人は何を書いても面白くなるんだなぁ。
林業なんて食指が動かないという人(私だって読む前はそうだった)にも、是非だまされたと
思って読んでみて欲しいです。だって、抜群に面白いんですから。林業や山の奥深さと神秘さ、
自然の素晴らしさ、人間の温かさ、いろんな要素で楽しめる作品です。私も『なあなあ』の世界に
触れてみたくなりました。とっても素敵な作品でした。お薦めです。