ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小路幸也/「マイ・ブルー・ヘブン」/集英社刊

小路幸也さんの「マイ・ブルー・ヘブン」。

昭和二十年十月。五条辻子爵の一人娘・咲智子は、父・政孝から国家の重要機密が記された文書が
入った『箱』を託され、静岡の伯母の家にそれを届けて欲しいと頼まれる。切羽詰まった父の様子に
動揺しつつ、取るものとりあえず家を飛び出た咲智子だったが、駅でGHQの追手に捕まり、窮地に
陥ってしまう。しかし、一人の青年によって助けられ、青年の実家に連れて行かれる。青年の名
は堀田勘一、実家は『東京バンドワゴン』という古本屋を営んでいるという。事情を聞いた青年の
父・草平氏はすでに追手が回っているであろう静岡に行くのは諦め、しばらく堀田の家で勘一の
嫁として身を隠したらどうかと提案する。咲智子は恐縮しつつも了承し、堀田サチと名を変え、
堀田家の一員として暮らし始めた。敵に連れ去られた両親の行方と、国家を揺り動かす程の力
を持った『箱』の謎とは――東京バンドワゴンシリーズ番外編。


バンドワゴンシリーズの番外編です。今回はサチおばあちゃんの若かりし頃のお話。勘一さん
との出会いが描かれます。いやぁ、まさかまさか、あのほのぼのとしたサチおばあちゃんに
こんなハードな過去があったとは・・・!!ほのぼのほんわかした語り口から、育ちの良さは
伺えましたが、子爵のお嬢様だったんですねぇ。北村さんのベッキーさんシリーズの英子さんを
思い出したのだけど、おそらく英子よりはサチさんの方が順応力はありそうです。だって、
いきなり庶民の生活を余儀なくされたのに、ものすごく自然に溶け込んでるんですもの。
英子は『鷺と雪』の二話目『獅子と地下鉄』を読んだ限り、どこまで行っても世間知らずの
お嬢様気質が抜けないだろうな、と思えるので。もちろん、堀田家に住む人々がみんな温かくて
優しくて、サチさんに対して気を遣っているせいもあるのでしょうけれど。ある日突然両親から
引き離され、国家機密に関する文書を持たされるというとんでもないハードな境遇に立たされ
てしまったのに、泣き言ひとつ言わず、明るくふるまうサチさんの強さに胸を打たれました。

そして、彼女を守る為堀田家に住むことになったメンバーたちがまたみーんな素敵すぎる人
たちで。混血の貿易商・ジョー、美人でスタイルが良く、抜群の歌唱力を持つマリア、着流し
姿の元軍人・十郎さん。そして、もちろんもちろん、一番は若かりし頃の勘一さん!べらんめぇ
口調でぶっきらぼうだけど底抜けに優しい人柄は若い頃からちっとも変ってなくて、嬉しかった
です。みんなみんな、サチさんの為に自分の出来ることを精一杯こなして、でも、それをサチ
さんが気にしないようにちゃんと気を配って。もう、みんな優しすぎるし、かっこよすぎる!
何度涙腺が決壊しそうになったことか。こういう人情物に弱いんだってばーーー。このシリーズ
らしく、国家の重要機密を扱っていてこんなにすべてがうまく行く訳ないよ、とか思うんだけど、
ご都合主義的って言われちゃうと言葉も返せなくなるんだけど、このシリーズはこれでいいんだって
言い張りたくなった。だって、バンドワゴンの人々が不幸な結末を迎えるのなんか見たくないもの。
他人を思いやって、思いやられて、人と人との環が繋がって行く。東京バンドワゴンに関わる人
はみんな幸せでいなくちゃ。ってか、いて欲しい。理想の人間関係を築いてくれてる家族がいる
って思えるだけでも、なんだか幸せになれるから。多分、このシリーズは、そういうコンセプト
なんだと思う。なんといっても、狙いはお茶の間ドラマですからね^^

それにしても、勘一さんかっこよかったぁ。ラストのサチさんとのむふふなシーンにはにやにや
しちゃいました。これも当然のごとくのお約束な展開がなんとも云えず爽快でした。

サチさんのナイト三人組があの後アメリカでどうなったのかも気になるなぁ。遠く離れていても、
きっとずっと繋がっているんだろうな。
それにしても、サチさんが勘一と出会えたのは奇跡のような幸運でしたね。あそこで勘一に
会わなかったら、彼女の運命は恐ろしく悲惨な結末を迎えていたでしょう。たった一つの出会い
が人生のすべてを変えてしまう。こんな運命の出会いをしてみたいものです。

いやー、本編よりも気に入っちゃったかもって位、ツボにきました。良かったぁ。心に響くシーン
がたくさんありました。読み終えてぽかぽかと心が温まりました。シリーズのファンなら必読、
シリーズを知らない人でも単独で楽しめる作品と云えるでしょう。おススメ。