ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

久保寺健彦/「中学んとき」/角川書店刊

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久保寺健彦さんの「中学んとき」。

二月中三年の関根瑛次。最近同じクラスの森川加奈のことが気になって仕方がない。彼女のことが
好きで好きで仕方がないんだ――(「純粋恋愛機械」)。三月中三年の早乙女修。バスケットボール
に打ち込んできたが、ある出来事のせいで部から離れることに。何もかもが嫌になり、親友の信輔と
家出を計画するのだが――(「逃げだした夜」)。四月中三年の町田吾郎。小学生から始めたそろ
ばんをいまだに続けている。それは一緒に続けている同い年の陵太郎とのぞみがいるからだ。でも、
最近のぞみが江南中の溝口から告白された。それを聞いて心が騒ぎ始め――(「願いましては」)。
五月中三年の青山京介。同じクラスの鷹野は、ハードボイルドを目指す変な男だ。それがクラスの
女王様・藤木の気に障り、いじめに遭う原因に。傍観者でいた京介だったが、あるきっかけから
自らもいじめの対象に――(「ハードボイルドなあいつ」)。バカでかっこ悪いけど、必死で『今』を
生きてる中三男子をめぐる4つの連作集。


久保寺さんの新刊。面白かった。一つの学区域にある四つの中学に通う四人の中三男子の視点から
語られる4つの連作集。連作集といっても、同じ市内が出て来るくらいで、各作品同士でリンクは
ほとんどないので、それぞれ独立した短編として読めます。中学三年という、なかなか微妙な
年齢の男子生徒にスポットを当て、思春期の少年の恋愛や悩みや実態が非常にリアルにテンポ良く
描かれています。四人(というより、ラストの話は主人公が二人いるようなものなので五人と言った
方がいいかもしれませんが)それぞれ全くタイプも話の方向性も違うので、同じ中三男子が主人公
でもマンネリにならずに読めました。そろばんを主題にした『願いましては』以外、結末はほろ
苦く、後味はあまり良くありません。ただ、この年代の少年なんてみんなそうした苦く辛い経験
をしながら、大人になって行くもの。いい思い出も悪い思い出も、みんな青春の一ページとして
刻まれて行く。嫌悪するようなシーンもたくさん出てきましたが、それもまたこの年齢ならでは
の意地悪さや強かさゆえであり、中学生の実態を思い知らされるような気がしました。青臭いけど、
それもまた青春。バカだなぁ、と思いつつも、必死で生きる彼らがまぶしく、若さって宝物だよね、
と思いながら読みました。小川勝己さんの『純情期』も中学男子の実態がリアルに描かれてましたが、
あれとはまた似て非なるものって感じ。双方を比較して読むのも面白いかもしれません。
それにしても、出て来る女子生徒がこぞって性格が悪いのは、作者に何かトラウマでもあるんで
しょうか。顔が可愛くて勉強が出来ても、本書に出てくる女の子たちのように強かで計算高い人たち
とは絶対オトモダチになりたくありません。特にラストの作品に出て来る藤木。お前はお蝶夫人かよ!
とツッコミたくなりました・・・(お蝶夫人はあんなに性格悪くないけど^^;)。こんな中学生
嫌だーー^^;;


以下、各作品の感想。

『純粋恋愛機械』
これはもう、『純情期』そのまんまの内容。好きな子のことを考えると鼻血を出しちゃう純情な
少年の恋心がリアル。しかし、相手が悪かったねぇ。加奈のように、大人しく控えめなタイプこそ
裏で何をやっているのかわからないものなのか。この年齢から男を翻弄する術を心得ているとは、
将来がそら怖ろしいです・・・。

『逃げだした夜』
久保寺流『スタンド・バイ・ミー』。この年代の男の子ならみんな一度は家出をしたくなることが
あるでしょう。実際実行に移すかどうかは別として。でも、主人公の修には全く共感できません
でした。大抵は勢いで家出しても途中で根をあげて逃げ帰って来る子がほとんどだと思いますが、
修は本気で家出します。その真剣さがちょっと怖かった。彼はこの先どうやって生きて行くので
しょうか。

『願いましては』
これはいい。私も小学生~中二までそろばんをやっていたので、題材自体にも惹かれましたが、
そろばんにかける主人公の情熱や悩みや恋が爽やかに描かれていて、読後感も良くて好きでした。
今まで、そろばんで一級を取ったことは自分の中で結構自慢にできる資格だと思っていたのですが、
この作品を読んでそれが大いなる勘違いだったことを思い知らされ、恥ずかしくなりました。
彼らはレベルが違う。暗算も珠算も6段7段の世界。恐れ入りました。そろばんのはじく感触とか
音とか、私もすごく好きだったので、主人公にはかなり共感できました。

『ハードボイルドなあいつ』
これはとにかく鷹野のキャラに尽きます。イライラさせられるような、かっこいいと思えるような、
不思議な人物像。ちょっと、オードリーの春日を思い出しました。いじめの描写は相変わらず
読んでいて陰鬱な気持ちになりましたが、鷹野が全くへこたれないので、不思議とそれほど重苦しく
ならずに読めました。ただ、終盤で本間がされたことに関しては嫌悪感しか覚えなかったし、
その後の彼女の行動には心臓が止まりそうになりました。自業自得とはいえ、ここまでされたら
中学生とはいえ犯罪でしょう。ここまで悪意の人物を登場させる必要はあったのかな、という
感じはしました。藤木も浜崎もいつか地獄に落ちなさい。鷹野の毅然とした態度はやっぱり
かっこいいと思いました。彼がどんな大人になって行くのか、私も気になります。しかし、あそこ
までされて藤木を好きになる感性は全く理解不能でした・・・。



中学三年男子が主人公の割に、そろばんの話以外は痛快でも清々しくもなかったけど、どの話も
惹きつけられて一気読みでした。ただ、なぜ一月中の話だけがないのかな~と疑問に思いましたが^^;
だったら一~四月中の四編で良かったのでは・・・と思ったのですが、角川のHPの著者インタビュー
を見たところ、ラストの五月中の話が一番最初に書かれたのだそう。一月中の話も入れるとページ数
が多すぎちゃうからとかなのかな。なんだか中途半端で気持ち悪いので、いつか書いて欲しいです。