ミステリ読書録

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牧薩次/「完全恋愛」/マガジンハウス刊

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牧薩次さんの「完全恋愛」。

敗戦後まもない時期にデビューし、紆余曲折を得ながら巨匠と呼ばれるに到った孤高の画家・
柳楽糺――本名本庄究。彼は少年時代に出会った一人の少女を生涯愛し、それゆえに犯罪を
犯した。これは、彼の生涯における、秘められた恋と犯罪の物語である――。第9回本格
ミステリ大賞受賞作。


他者にその存在さえ知られない罪を
完全犯罪と呼ぶ
では
他者にその存在さえ知られない恋は
完全恋愛と呼ばれるべきか?


やっと読めました~。これでようやく2009年のこのミス上位10作品コンプリート。
地元図書館では予約数多いのに蔵書一冊しかなくて、いつ読めるのやらと思ってましたが、
またしても隣町図書館サマの開架に鎮座ましましておりました。ありがたや~。
もう周知の事実ではあると思いますが、作者の牧薩次とは某有名ミステリ作家の変名かつ
アナグラム。昨年話題になっていた時、『変わった名前の新人が出てきたなぁ~』と本気で
とぼけたことを思ってました^^;ただ、この作家さんの本、私は一度も読んだことが
なかったので、作風などのイメージが全く掴めない状態での読書でした。と云う訳で、正規名義
の作品との違いなどを述べることはできないのですが、こちらに関しては一人の男の数奇な生涯を
綴った一代記の体裁が興味深く描かれ、文章も始めこそとっつきにくさを感じたものの、慣れると
なかなか読みやすく、一冊通して楽しめました。
主人公究のキャラ造形が良いですね。普通、後に巨匠と呼ばれるようになるような画家の性格
って、もっと年と供に偏屈になって行きそうな感じがするのですが、彼の場合、少年時代の屈託ない
性格そのまんまで大人になって行って、巨匠と呼ばれるに至っても全然偉ぶらないところに好感が
持てました。まぁ、その背後にあるのが結ばれることのなかった朋音への秘めた恋心なんでしょう
けれど。弟子の魅惑との関係も良かったです。
いくつもの謎が複雑に絡み合って、本格ミステリ好きにはたまらない構成となっています。
それぞれの不可能犯罪も大がかりで、派手さがあるところがいいです。特に、『地上最大の密室』
で出てくる遠隔殺人なんかは一体どういうからくりになってるんだろう、とワクワクしました。









以下ネタばれ厳重注意です。未読の方は絶対に読まないでください。














ただ。その解決には少々疑問を感じる部分が多く、正直そんなに感心できなかったです。
遠隔殺人の謎も、結局宏彦が持っていたディナーナイフはどこに行ったんでしょう?
ディナーナイフは二本あったってことなのかな。まさか、魅惑が最初に推理した通りに
食材で作ってあって、食べちゃった訳じゃないでしょうし。宏彦の母の愛用していた
ナイフは火菜に与えておいて、宏彦自身は同じナイフを購入しておいてテレビ撮影に
ぞんだってことなのかな。でも、それだと遺体と同時に発見されちゃうリスクがあると
思うんですが・・・。私の読み逃しなのかな。多分、それについての表記はなかった気が
するんだけど・・・。なんか、すっきりしないことが多くて、もう一回読み返さないとダメ
かも・・・^^;マナとアコの呼び名の真相には驚きましたけど。ただ、マナが宏彦だったと
すると、究や魅惑とは一度バーで親しく会話している訳で、テレビ放映の時にサングラス
しているとはいえ、気付きそうなものですけどねぇ・・・。気づきはしないまでも、どこかで
会ったような気がするという表記くらいは必要なのでは。

あと、涼子が火菜が死んだ時に見せた笑いは、やっぱりこれでやっと邪魔者がいなく
なったという笑いだったってことなんでしょうか。どうも、彼女に関しては人物像が
掴みきれない感じでした。

真刈殺害の真相に関してもちょっと拍子抜けだったかなぁ。こういうトリックは使い古されて
いるところがあるので、「ふーん」って感じでした。ただ、冒頭に出てきたみィちゃんに
関しては完全に失念していたので、驚かされましたが。正史の某作品を思いだしました。
ここまで出てきちゃうと、本格ミステリの要素を取りあえず盛り込んでみたって感じがなきに
しもあらずでしたが^^;

そして、この作品の肝心のキモとなっている、ラストに関してですが・・・究の初体験の
相手が彼女だったことや、火菜の父親が誰かは予想通りだったので、はっきり云えば
それほどの驚きはありませんでした。ああ、やっぱりねーって感じ。ただ、魅惑の母親
が彼女だったことは全く想像外だったので、その点は大いに驚かされたのですが。
究を父親のように慕っている魅惑にほほえましい気持ちでいましたが、当然のことだった
のですね。ただ、それを知らないまま逝ってしまった究はただ哀れというしかありませんが。
初体験の相手に関して、自分の勘違いに気づかないまま逝ったことはある意味幸せだったので
しょうけどね。

最後の魅惑の母親の独白のシーンがすごく好き。誰より強く恋をしていたのは彼女
だったんですね・・・完全恋愛をしていたのも。ミステリ的な瑕疵はあるけれど、このラスト
シーンを読んで、この作品がすごく好きになりました。間抜けな男と、意地っ張りな女。
究のとぼけっぷりを涙をこらえながら笑い飛ばす彼女の心情を思うと、なんとも切なくなる
読後感でした。

うーん、なんか読んでる時はもっといろいろ疑問点があった気もするんだけど・・・^^;










なんだか、いろいろ読み逃してる気がしてむずむずするなぁ。ネタばれ部分の私の疑問点、
もしかしたら単に読み逃しているだけで、お門違いな指摘になっているかもしれません。
すみません^^;
トータルとしては、このミス3位になるだけあるなーって思える作品でした。何より、
本格ミステリ好きに捧げるかのようにこれでもかと本格要素を盛り込むサービス精神が
いいなぁと思いました。
この名義でまた書かれることはあるのかな。ご老体に鞭打ってでも書いてほしい
ものです(身勝手な読者)。