ミステリ読書録

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愛川晶/「うまや怪談 神田紅梅亭寄席物帳」/原書房刊

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愛川晶さんの「うまや怪談 神田紅梅亭寄席物帳」。

福の助が落語競演会に出ることになった。審査員は当日の来場者から抽選で二十人を選び、投票に
よって順位が決まる。優勝すれば賞金十万と供に、実績が積まれることになり、真打ち昇進にも
影響を与える重要な落語コンクールだ。福の助の妻・亮子は、真を打つまで子作りしないと密かに
決めているらしい夫には、是非とも優勝を目指して欲しかった。福の助もこの競演会には力が
入っているようで、自宅でも部屋に一人部屋に籠って稽古に励んでいた。そんな中、福の助の
弟弟子の福神漬が訪ねて来た。稽古中の福の助に変わって亮子がまず話を聞くことに。福神漬
話は、福の助と供に競演会に出る、兄弟子の福太夫に関することだった――「本格落語」シリーズ
第三弾。


愛川さんの落語シリーズ第三弾。前作のあとがきで次は怪談との予告があったので楽しみに
していました。全体的に前二作よりもミステリ色は薄れたように思いましたが、落語を演じ
ながら謎を解いてしまういつもの形式は健在。実在する落語の話の中の謎と供に、実際の
事件の謎までも解き明かしてしまう二重の謎解きには今回も感心させられました。ただ、今回は
それぞれのお話で少しシリーズの前二作とは変化がありました。一話目は割とオーソドックスな
形ですが、二話目では福の助が馬春師匠のアドバイスを借りずに一人で謎解きをしてしまうし、
三話目に到っては、福の助ではなく亮子が謎解きに参戦。三作目にしてマンネリ化せずに、
変化をつけて面白さの水準を保っているところはさすがですね。落語の面白さも十二分に伝わる
作品になっていて、ミステリ好きにも落語好きにも満足できる内容になっていると思います。
福の助のキャラは相変わらず亭主関白なところがちょっと気に入らないのですが、ラストの
宮戸川四丁目』での馬春師匠への謝罪の為の行動には笑ってしまいました。落語家らしい粋な
行動って感じなのかな。素人にはさっぱりわからなかったですが、落語界の人なら腑に落ちる
んでしょうね。落語の世界は全くの素人ですが、この手の落語ミステリを読むといつも落語の
奥深さを感じますね。そして、いつも思うのは一度寄席に行って本物の落語を生で聴いてみたい
ということ。いつか実現するかなぁ。



以下、各作品の短評。

『ねずみととらねこ』
福の助の兄弟子の言動にはムカムカしました。こういう世界も妬みとか僻みがすごいのでしょうね。
だからって、弟弟子を陥れようとするなんて最低です。でも、それを亮子の話だけで察して
すべてを見通してしまう馬春師匠の炯眼には脱帽です。出番の少なさに反したこの存在感は
やはりすごいですね。その師匠の一言から新しい落語の解釈を捻りだす福の助もすごかった
ですけどね。最後だけファンタジーのようになってしまったオチを見事に論理的に解釈できる
噺に仕立てあげた愛川さんが一番すごいのかもしれませんけどね(笑)。

『うまや怪談』
個人的には馬春師匠が出て来ないのでちょっと物足りない。謎解き自体は面白かったですが、
ちょっと現実の事件の方の謎解きはこじつけっぽくて苦しいかな、と思いました。それに、
真相も想像すると嫌な気持ちになるものでしたし。特に洗濯機が壊れた理由が。事故とはいえ、
酷い。実際ある落語の続きをまるまる考え出してしまう所はさすがだと思いましたけれど。

宮戸川四丁目』
福の助が『うまや怪談』で一人で謎を解いてしまったことにすねる馬春師匠にくすり。でも、
終盤で明らかになる真相にはかなりがっかりしました。そりゃー、こういう世界の人だし、
いろいろあるんだろうけど・・・うーん。ちょっとショックです。でも、先述したように、
馬春師匠から出入り禁止になって、謝りに行く為にとった福の助の行動が、なんとも落語家
ならではって感じで、笑えました。でも、これ、もらった後でどうするんですかねぇ。崩す
のも勿体ないし。馬春師匠の秘密に関してショックを受けていたので、ラストの展開に驚き
つつ、嬉しさがこみあげてきました。きっと、これこそ誰もが望んだ展開でしょう。これはもう、
なんとしてでも次回作を書いてもらわないと困りますね。最高のオチで締めくくってくれて、
読後感はとても良かったです。



奇しくも、この作品を読もうと思っていた直前に、『笑点』で長年司会を務めていらっしゃった
円楽師匠がお亡くなりになりました。私も、昔から親の影響もあって大好きな番組で、
円楽師匠にはとても親しみを感じていただけに、ショックが大きかったです。司会を降りられた
時もショックでしたが、落語家引退のニュースにも寂しい気持ちでいました。でも、リハビリに
励んで頑張ってらっしゃるんだろうな、と思っていただけに、突然の訃報が悲しかったです。
円楽師匠の思い出を涙交じりに語る楽太郎師匠の姿が、なんとなく福の助に重なりました。
本シリーズの中ではそんな悲劇は起こらないで欲しいと願うばかりです。馬春師匠はまだまだ
年齢的にはお若いですし、最重要キャラの一人に間違いないですから、いらぬ心配だとは
思うのですけれどね^^;とにかく、次回作ではみんなが待ちに待ったシーンが読めると信じて
首を長くして待っていたいと思います。