ミステリ読書録

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本多孝好/「MOMENT」/集英社刊

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本多孝好さんの「MOMENT」。

大学生の僕が清掃員のアルバイトをしている病院には、ある噂があった。死を間近にした患者に、
たった一つだけ願いを叶えてくれる必殺仕事人のような人物がいるというのだ。そしてその人物は
清掃員の格好をしているという――人は死を前にして何を思うのか。生と死を見つめた、心に
沁みる連作集。


新作の『WILL』が本書の続編だという情報を聞き、内容をすっかり忘れていたので急遽再読。
肝心の新作の方は蔵書が少ないので当分回ってきそうにはないのですが^^;しかし、改めて
再読して、やっぱり読んでおいて良かった、と思いました。もちろん、内容を思い出せたという
のが第一なのですが、再読とは思えないほど、新鮮に一つ一つの物語が心に響いてきたから。
テーマは『人の死』。ついこの間読んだチェーン・ポイズンでも人の死が扱われていた
けれども、自ら命を断つ『自殺』がテーマだったあちらとはまた違い、本書の死は病気による
死、つまり、自らではどうにもできない、運命に身を委ねるしかない『不可抗力の死』です。
目前に迫った死を前に、たった一つだけ願いごとを叶えてくれるひとがいる。そんな人物が
目の前に現れたら、一体何を願うのか。願いを叶える人はもちろん、神様でも魔法使いでも
ないから、延命や病気治癒を願われても無理。ただ、やり残したことや、何らかの心残りを
取り除く手伝いをしてくれる必殺仕事人のような伝説の人物。噂だけを切り取ると、何やら
とても格好よくてクールな印象を受けますが、その実態は、それぞれの願いを叶える為に地道に
努力を重ねるごくごく普通の青年――彼はヒーローになりたくてそんなことをしているのでは
ありません。どちらかというと、成り行き上仕方なく、という方が正しい。ほんの出来心から
最初の依頼人の願いを叶え、その依頼人から成功報酬以上のお金をもらってしまったことで、
更なる依頼人を捜さねばならなくなってしまった。普通ならそこでラッキーとばかりに普通に
受け取っておけばいいものを、なまじ生真面目な性格なものだから、その分他の人のお返し
しないといけないと思ってしまった。淡々としていて、流されるままに生きているような
無機質な性格なのに、芯ではお人よしで真面目な主人公の性格はとても好感が持てました。
主人公の性格さながらに、物語も『死』をテーマにしている割に淡々と進みます。仕事人が
願いを叶えた後でも、大きな感動がある訳でもなく、苦い結末を残してあっさり物語が
閉じる。でも、その中にも、人間の本質をつくようなじんわり心に沁みる何かを感じる作品集
でした。どんな人の前にも死は訪れる。自分だったら、死を前にして何を願うだろう。そして、
死ぬ前の最後の瞬間、何を思って死ぬだろう。以前に読んだ時より、再読した今回の方が心に
沁みた気がします。年取った証拠かな・・・。


以下、各作品の短評。

『FACE』
老人の依頼の真相はかなり後味が悪い。こんな風に心残りがなくなったとしても、安らかな死が
迎えられるんだろうか。最悪の結末だけは避けられていたのでほっとしましたが。鉛を飲み
込んだような、なんともいえない重い気持ちになりました。

『WISH』
美子ちゃん、14歳にして人生の酸いも甘いも噛み分けたかのような、達観したキャラです。
主人公と彼女(と、他にもいたけど)が、屋上で星を眺めるシーンが印象に残りました。
美子ちゃんが捜してくれといった牧野の言動には本当に辟易しました。最低ですね。これも
依頼の真相はかなり苦く重い。そして、美子ちゃんの運命も。

『FIREFLY』
依頼人の上田さんが電話で話していた相手の正体には胸がぎゅっと締め付けられました。切なくて、
寂しくて、悲しくて、虚しい。鏡を欲しがった女の子の言葉が胸に突き刺さりました。鏡を見て、
楽しいことを三つ考える。鏡の中の自分は、今の自分と入れ代わってくれるだろうか。

『MOMENT』
『本物の』仕事人が出てきます。本物対主人公の対決は、『ブラックジャック』のドクターキリコ
ブラックジャックの対決を彷彿とさせました。難しい問題です。患者がどんなに望んだとしても、
それをすることは道徳的に許されることではないけれど。でも、私もきっと同じ状況に立ったら、
主人公と同じようにすると思う。ほんの少しでも自分が関わった人には生きていて欲しいから。
それが自分のエゴだとしても。きっと、そうすると思う。




どの話も淡々としているけれど、『死』が関わっているだけに、胸に響きました。辛く苦い結末
が多いけれど、読後感は悪くなかったです。
主人公と幼馴染の森野の関係がとても好きでした。森野の初恋の人って、やっぱり彼なのかな。
続編は森野が主人公らしいので、楽しみです。再読しておいて良かった!
派手さはないけれど、じんわりと心に残る連作集でした(とかいいつつ、前回読んで内容
忘れてんじゃん!っていうツッコミはおいておいて下さい^^;)。お薦めです。