ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

池井戸潤/「鉄の骨」/講談社刊

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池井戸潤さんの「鉄の骨」。

中堅ゼネコン一松組に入って三年目の富島平太。現場で働くことも慣れ、やりがいも感じていた
矢先に、突然業務課への異動を命じられ、戸惑う。なぜ、未経験の自分が事務系の部署に
引っ張られたのか。しかも、業務課とは、別名談合課とも呼ばれ、大型入札の裏取引のかけひきを
担う、不正紛いの部署だったのだ。白水銀行に勤める彼女の萌と、異動を機に徐々にすれ違い
が生じ始め、悩む平太。仕事はきれいごとばかりじゃない――次の地下鉄工事の一番札には
社運がかかっている。『天皇』と呼ばれる大物フィクサーとの出会いにより、談合の駆け引き
に巻き込まれていく平太と一松組の運命は――超弩級の傑作『談合』小説。


傑作。この人の作品は貫井さん同様、一度読み始めるとノンストップで読んでしまいます。
息もつかせぬ展開に、読む手が止められないのです。そして、毎度のことながら、とっつきにく
そうな主題にも関わらず、それを全く感じさせずにエンタメとして読ませる手腕にはただただ
感心。今回の主題は『談合』。はっきり云って、本書を読むまで巷でたびたび問題になっている
談合というものの実情は全く理解していませんでした。恥ずかしながら、談合が犯罪であるという
認識が漠然とあった位。でも、そんな知識の薄い人間でも、談合がどういう犯罪なのか、なぜ
行われなければならないのか、そうしたもろもろの事実を全く難解さを感じさずに読んで行く
うちに理解させてしまう。池井戸さんの凄さはそこにあると思います。それは、主人公の平太が
現場から異動させられ、『談合』に関しては素人という立場からスタートしているせいもある
と思います。読者は、平太と供に、ゼネコン業界のことや談合のことを理解して行き、平太と
ともに、ゼネコン業界にとって『談合』は必要悪なのかどうか、を考えさせられます。倫理的に
云えば、犯罪行為である以上、談合は全廃させるべきだと考えるのが当然なのですが、現在の
ゼネコン業界の内情を考えると、談合が必要悪であるという考え方が成り立ってしまうのも
頷けてしまう。それぞれの仕事の割り当て具合によって、各会社は会社として生き残っていける。
その均衡がひとたび崩れてしまえば、ゼネコン業界が総崩れしかねない事態に陥らないとも
限らない。そんな建築業界の『矛盾』に真っ向から切り込んだ池井戸さんらしい作品だと思い
ます。主人公の平太は、談合がいけないことだと頭ではわかっていても、ゼネコン業界で働く
一サラリーマンとして、談合を容認し、関わって行く。戸惑い悩みながらも、自らに課せられた
仕事に必死で取り組む平太の姿は好感が持てました。反面、ものすごーく苦痛だったのは、
平太の彼女・萌視点のパート。とにかく、すべての言動にムカムカイライラしました。萌は、
平太とすれ違い始めたと同時に、白水銀行のキレ者銀行マン・西田からアタックされ、平太とは
違う洗練されたその人間性に惹かれ始めます。人の気持ちは変わって行くものだから、他の人に
惹かれて行くのは仕方がないとは思うけれど、西田に惹かれ逢瀬を重ねながら、平太のことも
完全に振り切れず、呼びだしに応じて会ってしまう身勝手さには腹が立って仕方なかったです。
それに、相手の園田がまた鼻もちならない最低男で、萌の元カレってだけで見下した態度を
取り、一松組までもこき下ろすその腐った性根にはほとほと辟易しました。いかにも典型的な
高慢ちきのエリート銀行マンって感じ。萌や園田の人物造型はちょっとステロタイプすぎる
印象も受けましたが、彼らに嫌悪を覚えるから余計に平太頑張れ!やつらを見返してやれ!と
平太に肩入れして読めるようになったので、作者の計略は見事に成功していると云えるのでしょう。
欲を云えば、園田を何らかの形で平太がやり込めるようなエピソードが欲しかったなぁ。すかっと
しただろうに。銀行で平太と対面した時の園田の態度にははらわたが煮えくりかえってたんで^^;

でも、業務課(談合課)のメンバーたちの人物造型はとても良かったです。特に西田の人情味
溢れるキャラ造形は、平太を温かい目で見守ってあげる懐の深さを感じてとても好感が持て
ました。
それと、やっぱり特筆すべきは本書のキーパーソン、三橋のキャラですね。談合フィクサー
という一見『悪』の立場であるにも関わらず、その人物造型は情に篤い好々爺といった風情。
平太の母親が明かす、三橋の過去には心を揺さぶられました。好感を抱けるキャラなだけに、
三橋がこれからどうなるのか気になります。

ただ、ラストを読むと、この作品で一番の傑物は三橋ではなく緒形だったことがわかります。
終盤の展開はほぼ予想通りではあったのですが、そこに到る経緯がすべて一人の人物の手による
ものだとわかった時は唖然としました。敵には絶対回したくない人物ですね^^;

でも、一番気になるのは、この後平太と萌がどうなるか、ですね。平太のことだから、今までの
ことを全部水に流してよりを戻しちゃったりするんじゃないでしょうか・・・彼女の裏切りの
ことなんか何も知らずに。それは、ちょっとやだなぁ。目を覚ませ、平太~~~。


いやぁ、面白かった。
終盤は少し駆け足になった感じがなくもなかったですが、ノンストップで読めるエンタメ作品。
著者の実力が十二分に発揮された傑作と云って良いでしょう。お薦めです!