ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

高田郁/「銀二貫」/幻冬舎刊

高田郁さんの「銀二貫」。

大阪天満の寒天問屋『井川屋』を営む和助は、大火で焼けた天満宮再建の為の寄進である銀二貫を
収めに行く途中、若者が仇討ちと称して父子に斬りつけている場面に出くわす。和助はそこで、
手元にあった銀二貫と引き換えに、仇討ちを買い受ける。すでに深手を負っていた父親はすぐに
絶命したが、幼い子供は井川屋の丁稚として引き取られ、松吉と名前を改め、商いの道を歩んで
行く。井川屋の温かい人々に囲まれ、松吉は少しづつ寒天のことを学んで行く。そんな時、一人の
愛らしい少女と出会う。彼女は料理屋『真帆屋』の一人娘真帆だった。松吉は、真帆屋に寒天を
納めに行くついでに、彼女のお守として一緒に遊ぶようになった。主人の嘉平共々、親しく付き
合い、親しみを感じてた矢先、真帆屋は大火に焼かれて、嘉平も真帆も行方がわからなくなって
しまう。数年後、やっとのことで再会した真帆は、顔半分に酷い火傷を負い、知らない女性が母親
代わりになっていた――。


普段時代物にはほとんど食指が動くことがない私ですが、この高田郁さんは最近やたらに良い
評判ばかりを耳にしていて、なんとなく気になっていた作家さんです。本書も、傑作だと
かねがね聞いていたので、開架で見かけて好奇心に駆られて手に取ってみました。時代物だし、
もしちょっと読んでみてとっつきにくかったら読まないで返しちゃってもいいや、くらいな
感じで、軽い気持ちで読み始めたら・・・いや、もう、数ページで引き込まれて、ぐいぐい
読まされてしまいました。幼い身で仇討ちによって父親を亡くし、天涯孤独になった鶴之助が、
寒天問屋『井川屋』に引き取られ、周囲の温かい人々に囲まれて、紆余曲折を経ながら成長
して行く人情物語。個々のキャラクター造形が抜群に良くて、どの人物にも感情移入しながら
読めました。特に井川屋主人の和助の情の深い、懐の大きな人柄には何度涙腺が決壊しかけた
ことか・・・!といっても、涙腺が緩んだのは和助のシーンばかりではなく、どの章でも
ぐっとくるシーンのオンパレードで、一体何回涙ぐんだかわかりません。普段そんなに小説でも
映画でも泣かない人間なんですけど、ほんと、こういう人情ものには弱いんですよ・・・^^;;
人の情けっていいなぁ、人ってやっぱり誰かに支えられて生きてるんだなぁって思わせてくれる
シーンがあると、それだけでもう、ダメ。この作品には、そういうシーンが溢れていて、人情話
としてはこれ以上ないくらい、完璧な仕上がりになってると思います。これでぐっと来ない人間
がいるんだろうかってくらい。

鶴之助改め松吉が出会う人々はみんな、ことごとく良い人ばかり。商いの上では悪どいことを
する人物もいましたが、彼を取り巻く人間はこれ以上ないくらい、彼に親身になってくれる
人物が揃っていて、ほんとに、出会いに恵まれているなぁと思います。こう書くと、ご都合主義
に感じそうなのですが、全くそう感じないのです。ひとつひとつの出会いや出来事が、松吉を
成長させて行く。その中で、ほんの少しづつじんわりと心に沁みる要素を盛り込む。その筆致の
丁寧さや巧さに舌を巻きました。本当に、素敵な作品に出会えたと思う。

終盤、松吉が真帆に想いを打ち明けるシーンには胸がドキドキ。真帆の身の上のことがあって、
容易に踏み込めなかった二人の気持ちが痛い程わかるだけに、和助や善次郎同様、嬉しい気持ちで
いっぱいになりました。

やはり、松吉自身が本当に真面目な性格で、恩義を感じる人物の為に真摯に悩める性格だから
こそ、彼に肩入れして読むことが出来たのだと思います。私も、松吉同様、井川屋が繁盛して、
和助や善次郎を幸せにしてあげたい、と思いながら読んでました。だからこそ、ラストはとても
清々しい気持ちになりました。和助のことはちょっと心配ですが・・・。和助と善次郎のラストの
会話に胸がぐっときました。銀二貫。和助はやっぱり、素晴らしく先見の明のある商人だったと
いうことでしょうね。

お料理描写がまた素晴らしくて、とっても美味しそうでした。これも空腹小説としておススメ
したい逸品ですな。

人情味あふれる、とっても素敵な作品でした。読んで良かった!!
時代物が苦手な私でもすんなり世界に入っていけた位なので、時代物に抵抗ない方なら間違いなく
楽しめる作品だと思いますし、人情ものがお好きな方なら絶対読んで損はしないと思います。
他の作品も評判良いみたいなので、早めに読まなくては!