ミステリ読書録

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宮ノ川顕/「化身」/角川書店刊

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宮ノ川顕さんの「化身」。

安月給にげんなりし、無理なノルマにうんざりし、満員電車に辟易していた平凡なサラリーマンの
ぼくは、人生をリセットする為、適当な理由をつけて会社に一週間の休暇を願い出て、はるか
南の島にやってきた。しかし、密林の中をさまよい歩くうちに、地図にも載っていない池に落ちて
抜け出せなくなってしまう。池の水は澄んでいて、飲み水には不自由しなかったが、いかんせん
食べるものがない。池の中央には一本の石柱が屹立していて、その頂上が大きな亀の甲羅のように
水面に露出している。ぼくはこの亀の甲羅の形をした岩の上で、もう一週間も何も食べずに無為な
時間を過ごしていた。しかし、岩にはちょこちょこ蟹が姿を見せ、水の中には魚もいる。次第に
ぼくは、それらを狩って食することを覚え始める。そして、どれだけの月日が過ぎたのかわからなく
なる頃、次第にぼくの身体も変化し始めて――(「化身」)。第16回日本ホラー小説大賞、大賞
受賞作の表題作に加え、二編の中編を収録。


全くノーチェックでいたのですが、ゆきあやさんから「話題になっている」と教えて頂き、
調べてみたら装丁からして非常に好みだったので読んでみました。日本ホラー小説大賞の大賞
受賞作です。本書には三作の中編が収録されています。選考委員が絶賛したという表題作『化身
(投稿時は「ヤゴ」)』は、なるほど、三作の中では抜群に出来が良いです。ルーティンワーク化
した日常に嫌気が差した主人公は、突如思い立って休暇を取って南の島に旅に出ます。でも、
好奇心にかられて密林をさまよううちに、睡蓮鉢のような形の池に落ちて出られなくなって
しまいます。周りは切り立った崖で、這い上ることは不可能。誰かが助けに来てくれる場所でもない。
一時は絶望し、死さえ覚悟せざるを得なくなるのですが、そこから生に執着する主人公の順応力が
とんでもない。池にいる蟹やら魚やらを狩って食する辺りまでは、まぁ、普通。10メートルの潜水
も、まぁ、幾度となく繰り返すうちにこつを覚えて出来るようになるのは納得できる。でも、周囲に
生えている木から落ちて来る果実で果実酒まで作ってしまうところには唖然。人間の学習能力って
すごいなぁと思っていたら、更にすごいことが。こんな生活を続けて行くうちに、主人公の身体
自体が変化して行くのです。その変化の過程がなんとも不気味で気持ち悪い。生きることに順応
することの代償が、人間以外に変態することだとは・・・!まさに逆進化論。つまり主人公は
自らの身体で退化論を証明しているのです。いや、生きる為の変化なのだからやっぱり進化論に
なるのかな・・・???
カフカの『変身』は(読んでいないのですが^^;)、ある朝起きたら突然別の何かに変わっていた
という主旨の突然変異譚だと思いますが、これは生活に順応していく上で徐々に身体が別のものに
変化して行く言わば環境順応型変態譚とでも申しましょうか。とにかく、奇抜な設定に引き込まれ、
主人公がどうなってしまうのか、予測も出来ずに読み進めました。また、端正で装飾過多になり
すぎない美しい文章が情景描写を引きたてていて非常に良かったです。大変な状況にも関わらず、
淡々と生きることに執着する主人公の内面描写も秀逸です。どこか滑稽さを感じさせるユーモア
さえ感じました。ただ、主人公の変態が進むにつれて、どんどんグロテスクさが前面に出て来て、
気持ち悪さ、不気味さが際立って行くところも巧かったです。ホラーとしての怖さはさほどでは
ありませんが、この物語が持つ怖気を感じるまでの不気味さ気味の悪さはやはりホラー大賞に
ふさわしいと云えるでしょう。特に、陸に上がった主人公の鼻から○が入り込み出してからの
一連の描写は、気持ち悪さで鳥肌立ちまくってました^^;;
一体この物語にどうやって決着をつけるのかなぁと思っていたのですが、ラストの展開にはこれまた
唖然。まさかこう来るか!って感じでした。かなりの呆気なさを感じる展開でもありましたが、
あっさりとそれを受け入れる主人公の順応力にはやっぱりある意味感服するしかありませんでした。
こんな経験したら、もうどんな社会に出てもやっていける気がしますけどねぇ。主人公が最後に
何に『変化』するのか、これから読まれる方は是非楽しみにしていて欲しいと思います。

表題作だけでこれだけ語ってしまったので、残り二編は手短に。というか、はっきり云えば
他二作は取り立てて大した感想もないような出来。まぁ、正直表題作に比べると凡作なのは
否めません。どちらかというと、ラストの『幸せという名のインコ』の方がホラーとしては
面白さがあるかな。ただ、どちらにしても怖さはほとんどありませんが。『幸せ~』は、ペット
として可愛がってきたインコが持つ得体の知れない能力に、次第に頼り切って身を滅ぼして行く
男の話。これ、個人的にはもうひとひねりしてオトして欲しかったんですよねぇ。インコが本当に
告げていた言葉を教えていたのは違う人物だった、とかってオチだったら、もっと怖さがあったと
思うんだけどな。ちょっと残念。
二作目の雷魚は、確かにオチだけ見るとホラーではあるんだけど、展開に意外さも
ないし、単なる一人の少年のひと夏の経験を追っただけの凡作。面白くなかった訳ではないけど、
表題作の後に読むと出来の落差にがっかりさせられるかも。タイトル見て、小説すばる新人賞
獲った千早茜さんの魚神に出て来た伝説の雷魚を思い出しました。

作品の出来にばらつきはありますが、しっかりとした文章力は新人離れしたものがあると思います。
文章自体は非常に私の好み。これだけでも、次回作以降読み続けようと思えるものがありました。
表題作のような奇抜な設定や場面展開と、独特の世界観の作品がこれからも生み出せれば、かなり
大成しそうな感じはします。ポスト恒川って立場にもなりうるんじゃないかな。今後の作品に
大いに期待したいです。とりあえず次回作の出来に注目ですね。