ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

奥田英朗/「邪魔」/講談社刊

奥田英朗さんの「邪魔」。

本城署勤務の警部補・九野薫は、ある夜同僚刑事の花村の不倫現場を張っている途中で、若い
高校生の三人組にオヤジ狩りの標的にされる。頭に血が上った九野は、反撃して相手に怪我を
負わせてしまう。その日のことが原因で、やがて九野は花村からは逆恨みを買い、ヤクザと
繋がったチンピラ高校生からは被害届が出され、刑事人生の窮地に立たされることに。一方、
パートで働く平凡な主婦・及川恭子は、ある日自動車メーカーに勤める経理課長の夫が、職場で
火災の被害に遭って怪我を負ったと連絡を受ける。病院に入院を与儀なくされた夫は、現場で
不審な人影を目撃したと言ったことから、放火事件として扱われることに。しかし、警察はある
事実から、夫が自ら火をつけた放火狂言犯なのではないかと疑い出し、夫に付きまとうようになる。
そこから、恭子の平凡な人生が次第次第に狂いだして行く――傑作長編クライムノベル。


予約している新作の『無理』がもう少しで回ってきそうなので、その前に読んでおこうと
思って慌てて借りてきました。最悪を読んだ時に、複数の方からお薦めだと言われていた
作品。確かに、『最悪』の流れを汲むような読み応えのある犯罪小説でした。刑事の九野の視点
が軸になっているので、警察小説とも云えるでしょう。今年は本当に警察小説を読む機会が多い
です。ただ、もう一人、パートタイム主婦である及川恭子の転落人生も読みどころのひとつと
なっているので、追い詰められた人間の内面心理の妙を描いた人間ドラマとしても読ませて
くれる作品でした。

九野は7年前に最愛の妻を亡くし、心に大きな闇を抱えたまま仕事に打ち込む刑事。唯一の心の
よりどころが、義母の存在。この義母への想いが、始めはどうも違和感があって不自然に感じた
のです。確かに、亡くなった妻の母親に対して今でも繋がりを持というとすることは美談に
思えることではあるのですが、36歳の男が抱く感情じゃないよなぁと納得できないというか・・・
でも、いやはや、まさかまさかの真相に驚きました。奥田さんの作品でそういう驚きがあるとは
思ってなかったので、これにはかなり意表を突かれました。
九野のキャラは、冒頭でいきなり高校生に暴力ふるうシーンから登場するので、一体どんな嫌な
ヤツなんだと思いながら読み始めたのですが、基本的には優しい性格なんでしょうね。妻を亡くした
ことで、心に傷を負ってしまって無機質な性格になってしまったところはあるでしょうけど。
妻・早苗が生きてた頃は、完全に尻に敷かれてた感じでしたし。早苗の人生計画とか聞いたら、
普通の男なら絶対引くと思う。私はかなり、身勝手な早苗の言い分にはムカっとしました。でも、
九野はそれも全部受け入れちゃうので、心が広いのか波風を立てたくなかっただけなのか、まぁ、
どっちにしろ人間出来ているよなーと思いました。残された義理の母に癒しを求め、その存在に
縋ろうとする姿が哀れで、途中からは彼に肩入れしながら読むようになりました。

でも、この作品でなんといっても怖気を誘うのが、パートタイム主婦・恭子の変貌っぷりでしょう。
窮地に立たされた人間は、ここまで人格を変えられるのか!と何度呆気に取られたことか。
ごくごく平凡で、他人と争うことなど望まないような、どちらかというと消極的なタイプの性格
だった恭子が、職場の待遇改善に立ちあがっただけでも意外だったのに、どんどん運動にのめり
込んで、しまいには社長の元へ押しかけてマイクで演説までしてしまう程人格を変えて行く。
だんだん強気な性格になって行く恭子が、夫につきつけた言葉の暴力にはほとほと嫌気がさしました。
良妻賢母から完全に悪女に変貌。そして、最終的に追い詰められた恭子が取る行動には、壊れた
人間が辿る末路のおぞましさがありました。

終盤はかなり駆け足になって、無理矢理収拾つけようとした感じがなきにしもあらず。これは
『最悪』でも同じような印象だったのですが。ここまで丁寧に個々の人物を追って来た割に、
最後はあっけなく決着がついてしまい、少々拍子抜けなラストでした。もうちょっとページ数
割いてじっくり書いて欲しかった気もします。特に恭子がどうなったのかは気になりますねぇ。
でも、この作品の一番の被害者って、間違いなく及川夫妻の二人の子供だと思う。この後、
姉弟はどうなってしまうのでしょうか。親の無責任のせいで、子供はいつだって被害者になって
しまう。この後の彼らの人生を思うと、暗澹たる気持ちばかりが湧きおこります。特に恭子の
無責任さには腹が立って仕方ない。仕方がなかったなんて言い訳は、通用しない。最後の彼女の
往生際の悪さには辟易しました。まぁ、そういうラストだからこそ悪女に変貌した彼女らしいの
かもしれませんが。

とにかく、どこを切り取っても厭な気分になるような不快な場面がてんこ盛り。この厭~な
感じは『最悪』と共通ですね。タイトルの『邪魔』は、いろんな人物にとっての『邪魔』な
存在の話ってことなんですかねぇ。花村や及川にとっては九野でしょうし、九野にとっては、
花村でしょうし。恭子にとっては及川かな?(九野もか)
読んでいて不快ですが、やっぱりこれも読む手が止められないノンストップ小説で、のめり込んで
読んでしまいました。面白かったです。
新作の『無理』もやっぱり不快なのかな?(苦笑)
その不快なところが面白いんだから、奥田さんってやっぱりすごいですよね。