ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

池上永一/「テンペスト 上< 若夏の巻 >下< 花風の巻 >」/角川書店刊

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池上永一さんの「テンペスト 上< 若夏の巻 >下< 花風の巻 >」。

珊瑚礁の王国・琉球で、龍たちの交尾と供に一人の赤子が誕生した。しかし、男子の誕生のみを
乞い願っていた父親は、赤子の性が女の子だとわかると、その存在すら認めず、名前さえつけ
なかった。三歳になった幼子は、自ら自分の名前を『真鶴』とつけた。10歳になった真鶴は、
智への欲求が貪欲で、女ながらにして天才的な勉学の才能を持っていたが、父は養子として
迎えた息子の嗣勇を琉球科挙と呼ばれる「科試」に合格されることのみに心血を注ぎ、娘
の知性を無視していた。しかし、ある日父のスパルタに耐えられなくなった嗣勇は家から
逃げ出してしまう。手引きしたのは真鶴だった。父の激怒を抑える為、真鶴は自分が宦官と
偽って科試を目指すと告げる。真鶴はその時、女を捨てて『孫寧温』という男となった。
そして月日が流れ、天才的な学問の才能を持つ寧温は、史上最年少で科試に合格し、晴れて
王宮に上がることになる。そこから、寧温の波乱に満ちた人生が幕を開けた――琉球王国
舞台に繰り広げられる、壮大な琉球ファンタジー絵巻。


いやぁ。圧巻、でした。面白いとは聞いていたけれど、何度か開架で見かけて中身を見てみては、
とっつきにくそうな中国名(正確には中国名ではないのだけど^^;)や漢文がぼこぼこ
目について、なんだか読みにくそうだなぁと思ってそっと本棚に戻していました。でも、
やっぱり気になる作品だったので、思い切って借りてえいや!と読み始めたら・・・もう、
止まらない、止まらない。仕事中も続きが気になって気になって。なんで私仕事しなきゃ
いけないの!って思うくらい、真鶴こと寧温のめまぐるしく変わるジェットコースター人生に
魅入られ、のめり込んで読んでました。これこそ究極のエンターテイメント、だと思います。
ツッコミ所も満載ではあるのだけど、一つ一つのエピソードが抜群に面白く、キャラ造形も
良いので、悪役キャラまでが憎めない(いや、一人だけ最後まで最悪の印象の人物がいましたけど)。
いろんな人物の欲望や陰謀、愛情や友情が琉球の歴史と供に複雑に絡み合って、一大琉球絵巻を
創り上げたという感じ。基本的に歴史ものって苦手なので、政治的な部分になると弱冠退屈に
感じるところもあったのだけど、読みやすくわかりやすい文章でそれほど苦もなく読み進め
られました。
ちょこちょことコミカルな要素が盛り込まれていて、思わず笑ってしまうシーンもたくさん
ありました。特に、女の世界である御内原での女の戦い。壮絶なんだけど、笑えるんですよ、
コレが。蛇となめくじとカエルの三すくみ、みたいな。それぞれの女の矜持が激突して一歩も
引かない状態っていうか。まぁ、中でもやっぱり傑物として一番に挙げたいのは聞得大君(真牛)
ですね。もう、彼女に関しては最後の最後までよくぞここまでの執念が持てるってくらい、
波乱に満ちた人生で、出て来る度に呆気に取られました。最高の身分から最低最悪の身分まで
落とされて、それでもまた負けずに這い上がって来る不屈の精神には唖然茫然。基本的には悪役
側なのに、どこか育ちの良さから来るものなのか純粋で憎めない性格で、気に入ったキャラクター
でした。
好きなキャラは他にもいっぱい。もちろん、主人公の寧温(真鶴)が突き抜けたキャラクターで
大好きでしたし、彼女の兄の嗣勇や塾時代からの年の離れた友人・多嘉良、彼女の氏・麻先生、
王宮での良きライバルであり友人の朝薫、御内原での友人・真美那の、天真爛漫で大胆な
性格も大好きでした。上下巻の大作なだけに登場人物もたくさん出てくるのだけど、それぞれの
キャラ設定がしっかりしていて非常に立っているので、誰が誰だかわからなくなることもなく、
混乱せずに読ませるところはすごいな、と思いました。この手の歴史ものって、大抵が登場人物の
人物関係がややこしくていつも混乱しちゃうところがあるので(だから苦手ってところもある)。

どちらかというと、上巻の徹底したエンタメ性に対して、下巻は琉球王国と日本も含めた
諸外国との外交問題という政治的な要素が強くなって弱冠失速した感があったのですが、流刑に
なって島流しになった寧温が真鶴として王宮に戻って来た後、昼と夜で寧温・真鶴の一人二役
目まぐるしく入れ替わるくだりなんかはスリリングでとても楽しめました。いくらお化粧や
服装を変えたって、顔も声も一緒なんだからいくらなんでも同一人物って気付くだろうとツッコミ
たくなるのですが、その辺りは真鶴の卓越した演技力と声色能力の賜物だと思えってことみたい
です(苦笑)。

取り上げたいエピソードは山ほどあるのですが、キリがないので端折りまして、とにかく
真鶴と寧温のジェットコースター人生に魅せられて、どっぷりとのめり込んで読みふけった
四日間でした。面白かった。物語の持つ吸引力の強さに圧倒されました。これが物語文学の、
小説の強さ、面白さなんだ、と思わせてくれるような、凄い作品でした。これを超える物語に今年
出会えるんだろうかって思うくらい、濃密な読書が出来ました。ラストちょっと失速したところも
あるけど、読んで良かった。ちょっと落ち込む出来事があって、読書記事を書く意欲も失い
かけていたのだけれど、この作品を読んで、これは記事を書いておかねば!と思えたので
良かったです。大満足、でした。