相沢沙呼さんの「午前零時のサンドリヨン」。
高校一年の春、ぼくが一目惚れした同級生の酉乃さんは、綺麗だけれどどこか他人を寄せ付けない
雰囲気があって、友達も少なく、クラスでも浮いた存在だった。どこか物憂い空気をまとって、
陰のある酉乃さんに、意外な特技があると知ったのは、姉に連れて行かれたレストランバーでの
ことだった。姉と一緒にカウンターに腰を下ろしたぼくの前に現れた酉乃さんは、ぼくたちの
前で抜群のマジックテクニックを披露したのだ。その技術に感動したぼくは、翌日の放課後、
勇気を出して思い切って彼女に話しかけた。口数が少ない彼女との会話ははずまないままに、
彼女が向かうという図書室について行くと、そこで不思議な出来事に遭遇する。書架の奥に
ひっそりと置いてある真新しいキャスター付きの書架の本が、ある段だけ一冊を抜かしてすべて
逆向きに並んでいたのだ。一体誰がこんな面倒なことをしたのだろうか――第十九回鮎川哲也賞
を受賞した爽やかな青春連作ミステリー。
わぉ。面白かったぞい。爽やかで甘酸っぱい恋愛青春ミステリー、になるのかな。
『少女ノイズ』の瞑、『Another』の鳴に続く、クールで頭脳明晰なツンデレ美少女登場!
このツンデレ美少女・酉乃初のキャラは、どうも好き嫌い分かれるみたいですが、私はこの手の
クールビューティキャラが大好きなので、かなりツボにきました。その初ちゃんにメロメロに
なる、主人公の須川くんのキャラがまた、なかなかよろしい。今時ここまで素直で純情な高校生
ボーイがいるのかしらん、とツッコミたくもなったのだけれど、彼の心の動きがダイレクトに
伝わって来る一人称文体で、こちらまで切なく甘酸っぱい気持ちになりました。
日常の謎系ミステリですが、一つ一つのミステリ要素は今ひとつ弱く、インパクトに欠ける
感じはあります。ただ、それをカバーするのが初のマジックテクニック。このマジック要素が
謎自体を解く鍵の一つでもあり、その謎に関わる人物の心のしこりを溶かす鍵にもなっている
ところが秀逸です。ただ、後半では、このマジック要素が初自身と須川君を苦しめる原因にもなる
のですが。マジックという媒体がうまくミステリと登場人物の人間関係に絡んでいて、なかなか
小技の効いた作品だなぁという印象を受けました。選考委員が選評でこぞって「技巧力がある」と
称したのも頷けるかな、と思いました。ラストの一編でそれまでの作品に散りばめられていた
伏線が回収されるところもお見事。東京創元社らしい連作短編集になっていると思います。
まさに鮎哲賞狙いで書かれた作品って感じ。文体は純情ボーイの一人称なので、ラノベを読んで
いるような感覚で読めます。それが軽すぎると感じる人もいそうですが、須川君のキャラに好感が
持てるので、私は成功していると感じました。ラスト一編では胸がキュンキュンして、あまーい
気持ちになりました。特にラストシーンでは、「そこまでしたなら一気に行ってしまえ!」と須川君
の行動力に期待したのですが、さすがに純情少年にそこまでの度胸はなかったのでした。私は
てっきり、須川君がかける『魔法』はキスのことだと思ったんだけどなぁ(少女マンガ読みすぎ?
(苦笑))。まぁ、そこが須川君の良い所なのよね。それでも十分にやにやしながら読んじゃい
ましたけどね^^;だって、ハンカチからアレが出て来た時は、超ベタな少女マンガを読んでる
気分でしたもの(笑)。
気になったのは、須川君のあだ名であるポチの由来。敢えて明かさなかったのかなぁ。なんで
なんでしょうか。これは是非とも続編を書いて明かして欲しい!引っ張って、フタを開けたら
犬みたいだから、とかそんな理由じゃないよね。高田崇史さんの千波君シリーズのぴいくん
みたいに、ずーっと引っ張るネタになったりして。まぁ、続編が出るかどうかもわかりません
けども^^;
個人的にはかなり気に入りました。選考委員の方で何人か庄司薫さんに文体が似ていると
おっしゃっている方がいて、そちらは未読なので比較してみたいと思いました。こんな感じの
一人称なのかな。『赤頭巾ちゃん気をつけて』って、タイトルだけは何度も聞いたことあるけど。
ちょっとミステリにしては甘過ぎな感じもありますが、マジックを通したヒロインの成長と
主人公の甘酸っぱい恋心に爽やかな気持ちになれる青春ミステリでした。ボーイミーツガール
ものの快作としてお薦めしたいですね。