ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

中田永一/「吉祥寺の朝比奈くん」/祥伝社刊

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中田永一さんの「吉祥寺の朝比奈くん」。

吉祥寺の喫茶店に通い始めた四月のある日、とある出来事がきっかけでその喫茶店に勤める
美人の店員さんと顔見知りになった。どうやって喫茶店以外で彼女と会話を交わそうかと
考えていた矢先、献血ルームで一緒になり、意気投合してメールアドレスと電話番号を
交換し合うことが出来た。彼女は既婚者であり、三才の子供もいたが、僕たちはメールの
やりとりをし、たまに吉祥寺界隈を一緒に散歩した。一方、僕はテレビの法律相談番組で
不倫についての知識を得ていた。法律の世界では、性交があった場合にのみ不貞と見倣され
慰謝料を請求できるのだそうだ。僕たちのこれは、浮気になるのだろうか。そして、僕たちの
関係は――(「吉祥寺の朝比奈くん」)。瑞々しく爽やかに綴られる5つの恋愛ストーリー集。


出るという情報を聞いて、とっても楽しみにしていた中田さんの新刊。って、新刊で出た時に
即行で予約したのに、図書館が全く買ってくれなくて、こんなに時間かかっちゃったよ。もう
新刊とは言えないじゃないの・・・ぶつぶつ。

読む前からタイトル聞いただけで絶対面白いとなぜだかわけのわからない自信があったのだけど、
期待通り、面白かったです。私は前作よりも確実に完成度は高いと思いましたが、どうでしょう。
どの作品も、基本的には透明感溢れるちょっと風変わりな恋愛を軸にしながら、ラストで
はっとするような仕掛けに気付かされてニヤリ。この物語センス、言葉選びのセンス、キャラ
造詣のセンスの良さ、どれを取っても巧いなぁと感心させられました。ほとんどの主人公が
自分に自信がなく、孤独感を漂わせるマイノリティな性格なのは今回も顕在。ただ、容姿は端麗な
人物が多かったですが。どこか根暗さを持った登場人物たちだからこそ、共感が得られるし、
好感が持てました。どの作品も瑞々しい爽やかさを感じさせながら、ちょっぴり青春の痛みを
感じるビターテイストを盛り込んで、ひとひねりもふたひねりもされたストーリーで楽しめ
ました。そこらの甘甘な恋愛小説じゃないところが、この作者らしいな、と思いました。でも、
基本的にはどの作品も読後はほんわか幸せになれる優しさでしめられているところが好きでした
(表題作だけは、ちょっと微妙な読後感でしたが)。どれも面白かったなぁ。



では、各作品の感想を。

『交換日記はじめました!』
爽やかカップルの交換日記ノートが、どんどん周りの人を巻き込んで『連絡帳』のようになって行く
過程が面白いです。一体、この交換日記帳はどこまで旅をして行くんだろう、と思っていたら、
意外な結末へ。ミステリ的な仕掛けにも驚かされました。完全に油断して読んでいたので、
なるほど、こういう事実がこの日記には隠されていたのね、と感心しました。当初の交換日記
カップルの結末は苦いものでしたが、この日記をきっかけに新たに始まった恋は爽やかでした。

ラクガキをめぐる冒険』
これも一本取られた!って感じでした。ある人物に対する嫌がらせのラクガキに対抗するべく、
ある計画を立ち上げた主人公が、深夜の学校に忍び込んで冒険をするお話。でも、驚いたのは
何年も経ってから明かされる、その冒険の裏に隠された真実でした。巧いですね。冒頭で主人公が
語っている人物が誰なのかが最後になってやっとわかって、この人だったのか!と思いました。

『三角形はこわさないでおく』
こっちが照れちゃうくらい、ベタな三角関係。マンガかよ!ってツッコミたくなりましたが、
これ、好きだなぁ。特に、主人公の鷲津くんがいい。朴訥で、他人に美味しいところを思わず
譲っちゃうお人好しな性格が好きだ。私も、鷲津くんと白鳥くんだったら、絶対鷲津くんの方を
好きになると思う。彼と、小山内さん(読んでる時はこの名前からつい、あの小佐内さん
思い浮かべてしまっていたのだけれど^^;でも、こちらの小山内さんは全く毒のない素直な
少女です)のちょっとズレた会話がとても好きでした。くらげ嫌いを克服する為に写真集を
眺める少年と、くらげ好き故に写真集を買い集める少女・・・面白すぎ。三人の微妙な三角形が
崩れるのも、そう遠くない日なのでしょう、きっと。

『うるさいおなか』
これだけはほとんどミステリ要素がなく、恋愛要素も控えめで、ちょっと笑えるお話。でも、
すぐにお腹の音が鳴っちゃう主人公と、抜群の聴力で持って凡人には聴き得ない音も聴きとって
しまう春日井くんとの会話がめちゃくちゃ面白い。主人公の心の中のツッコミには何度も吹き出し
しまった。この二人は、漫才コンビでも組んだ方が良いのではないかしら。私もお昼ちかくなると
すぐお腹が鳴っちゃう人なので、主人公の苦しみは実に共感できました。彼女ほど多彩な音は
出せませんけど^^;お腹が鳴りそうな時は、お腹に力を入れて鳴らないでくれ、鳴らないでくれ~
と必死に言い聞かせてます(笑)。主人公がお腹の音に敬語を使うのも面白かった。春日井くんは、
なんだかんだで彼女のことが気になって仕方ないのでしょうね。

『吉祥寺の朝比奈くん』
先に述べたように、この作品だけ少し毒が強く、微妙な読後感でした。主人公とヒロインの関係が
不倫だからかもしれません。不倫ものはどうしたってマイナスの感情が芽生えてしまい、あまり
読んでいる途中は気分が良くなかった。朝比奈くんの態度もはっきりしないし、良くわからな
かったので。でも、終盤ですべてのからくりがわかって、驚かされました。一番ミステリ要素が
強い作品かも。朝比奈くんのしようとしていたことは、到底許しがたい行為ではあったけれど、
彼の最後の選択によって大分印象が変わりました。この後二人はどうなるんでしょうか。冒頭の
一文で二人の未来が示唆されているようにも思うけれど、どの時点までの未来なのかわからない
ので、明るい方向だと信じたい気もするな。ちなみに、朝比奈くんが献血好きな理由が、自分と
全く同じだったので、その部分に関してはとっても共感できました(私は今は献血自体が
出来なくなってしまったのだけれど)。




とっても面白かったです。青春という青さに、こそばゆくもなり、清々しくもなり。
若いって、いいねぇ(どうした?)。
あの方らしいエッセンスが凝縮された恋愛ストーリー集でした。お薦めです。