ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北森鴻/「うさぎ幻化行」/東京創元社刊

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北森鴻さんの「うさぎ幻化行」。

突然、飛行機事故でこの世を去った音響技術者の義兄・圭一。遺品としてリツ子に残されたのは、
「うさぎへ」と書かれた遺書と、日本の音風景を録音したファイルデータ。その音には、奇妙な
仕掛けが施されていた。圭一はおそらくこの音に何らかのメッセージを込めたのだ――。義兄から
「うさぎ」と呼ばれ可愛がられていたリツ子だったが、兄が残した音のメッセージは別の「うさぎ」
に宛てたものではないかと疑問を覚える。もう一人のうさぎを捜し、圭一の音のメッセージを読み
解くため、リツ子は録音された音の音源を辿る旅に出た――。『ミステリーズ!』で連載されて
いた作品を纏めた著者の遺作。


北森さんの最新刊、そして、遺作です。もう一作、4月に何か作品が出るらしいのですが、
小説ではないっぽい?そして、未完らしいので、おそらく、完成された小説が世に出るのは
これが本当に最後になるのかもしれません。いつもの如くに読みやすく端正で端麗な文章で
どんどんとページは進むのですが、一ページ読むごとに終わりが近くなるのが悲しく、読みたいのに
読みたくない、矛盾した気持ちを抱えながらの読書となりました。また、この作品の大筋が
意味深でして、主人公が急逝した音響技術者が音に込めたメッセージを辿るために旅をする
というもの。亡くなった人への思慕に溢れた作品で、急逝した圭一がどうしても北森さん
ご本人に重なってしまい、泣ける場面がそれほどある訳ではないのに、なんでもないシーン
でも何度も涙が出そうになってしまいました。この文章がもう読めないのかと思うと本当に
悲しくて、寂しくて。
連載は2005年にスタートして、ようやく終わったのが昨年の8月。北森さんは5年程前
からご病気で体調を崩していたそうで、もしかしたら、ご自身の『死』を意識した上での
作品だったのかもしれず、この作品が遺作となったのは必然だったのかもしれません。せめて
連載が終了して良かったなぁと思わずにはいられないのですが、読み終えた今は、本当に
これで完結だったのか疑問が残ります。もしかしたらあと一作あったのではないのか。最終話が
9話というのも中途半端だし、書かれなかった10話があったのではないかと思いたくなって
しまうような唐突なラストでした。故人が遺した音のルーツを探る旅をしながらその音の謎
を解いて行くという設定はさすが北森さんと言いたくなるような面白いものではあったのですが、
その音の解明のロジックは少々強引なものが多く、全体的にかなり偶然に頼った展開になって
いるのはちょっと残念。ただ、ラストで明かされるある事実には非常に驚かされました。まさか
こういう仕掛けが待ち受けているとは。
圭一の性格がとても穏やかで優しいので、隠されたメッセージは心温まるものなのかと思いきや、
実に意外な真相が隠されています。かなりブラックです。ここまで毒性の強い作品だとは・・・。
回収されないままの伏線がいくつも残っているような気がするし、何より息を飲むような唐突な
ラストには面くらいました。せめて二人のうさぎの決着だけはきちんとつけて欲しかった気が
しますが・・・。どういう意図があってこういうラストにしたのかご本人に聞いてみたいけれど、
それももう永遠に叶いません。この続きが書かれることも。それが北森さんご本人からの最後の
メッセージなのかもしれません。この続きは自分で考えてごらん、と。

リツ子が旅先で出会った鉄道ライター・岩崎との会話のシーンで、彼の母親が言ったという
「生きているのは死ぬまでの暇つぶし」という言葉が強く胸に残りました。リツ子もこの言葉を
聞いて、いい言葉だな、と感想を漏らします。そして、その後で彼女はこう続けます。

どうせ誰にでも週末は訪れる。遅いか早いかの違いはあるにせよ。ならばそれまでの暇つぶし。
どうせ暇つぶしならば楽しくあがきたい。遊びもあがきも、一生懸命であればあるほど楽しい
はずだ。そんな諦観さえ感じられる言葉ではないか。

もしかしたら、北森さんはご自身の死を意識してこういう言葉を書いたのかもしれません。
北森さんにとって、小説を書くということが、死ぬまでの一生懸命な楽しい暇つぶしだと
考えていらしたのかもしれません。そして、小説を書くということが、死へのあがきでもあった
のではないでしょうか。



これが最後の作品ということで、おそらく私の北森さんの記事もこれが最後になるかもしれません
(再読して記事にする可能性もあるかもしれないけれど)。すべての著作を読んでいるし、
区切りとして全著作リストを載せて個人的な★評価をつけておきます(ランク付けはすべてを
再読しないとちょっと無理なので順位はつけません)。★=1、☆=0.5
これはあくまでも『お気に入り度』であり、『お薦め度』ではありませんので、★5つの
作品が必ずしも大傑作とは限りません。そして、あくまでも個人的な評価であることを
お断りしておきます。


北森鴻著作リスト> (公認HP酔鴻思考さまより参照させて頂きました)

狂乱廿十四考(1995) ★★★★
冥府神(アヌビス)の産声(1997) ★★
狐罠(1997) ★★★★★ 冬狐堂・宇佐見陶子シリーズ第1弾。
メビウス・レター(1998) ★★★★
闇色のソプラノ(1998) ★★★
花の下にて春死なむ(1998) ★★★★★ 香菜里屋シリーズ第1弾。
メイン・ディッシュ(1999) ★★★★☆
屋上物語(1999) ★★★★★
凶笑面(2000) ★★★★☆ 蓮丈那智シリーズ第1弾 
パンドラ’Sボックス(2000) ★★★★
顔のない男(2000) ★★★★
親不孝通りディテクティブ(2001) ★★★★☆ 鴨ネギコンビシリーズ第1弾。
蜻蛉始末(2001) ★★★★★
共犯マジック(2001) ★★★★☆
孔雀狂想曲(2001) ★★★★★
狐闇(2002) ★★★★☆ 冬狐堂・宇佐見陶子シリーズ第2弾。
触身仏(2002) ★★★★ 蓮丈那智シリーズ第2弾。
緋友禅(2003) ★★★★ 冬狐堂・宇佐見陶子シリーズ第3弾。
桜宵(2003) ★★★★ 香菜里屋シリーズ第2弾。
支那そば館の謎(2003) ★★★★ 裏京都シリーズ第1弾。
蛍坂(2004) ★★★★ 香菜里屋シリーズ第3弾。
瑠璃の契り(2005) ★★★★ 冬狐堂・宇佐見陶子シリーズ第4弾。 
写楽・考(2005) ★★★★☆ 蓮丈那智シリーズ第3弾。 
暁の密使(2005) ★★★☆
深淵のガランス(2006) ★★★☆ 絵画修復師・佐月恭壱シリーズ第1弾。 
ぶぶ漬け伝説の謎(2006) ★★★★ 裏京都シリーズ第2弾。
親不孝通りラプソディー(2006) ★★★★☆ 鴨ネギコンビシリーズ第2弾。 
香菜里屋を知っていますか(2007) ★★★★★ 香菜里屋シリーズ第4弾。
なぜ絵版師に頼まなかったのか(2008) ★★☆
虚栄の肖像(2008) ★★★★☆ 絵画修復師・佐月恭壱シリーズ第2弾。
うさぎ幻化行(2010) ★★★☆



どの作品も今はすべてが愛しいです。圭一のうさぎへのメッセージに倣って、
今はただこの言葉を北森さんに捧げたい。

ありがとう、ありがとう、ありがとう、北森さん。
遠いところに行ってしまわれたのですね。
二度とあなたの新作に出会うことはありません。
でも、本当に感謝しています、本当に。
天国で安らかに。



やっぱり感傷的な記事になってしまった・・・。
今回ばかりは自分の為に記事を書きました(著作リストも自分のため)。
長ったらしくてすみません^^;