ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

梓崎優/「叫びと祈り」/東京創元社刊

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梓崎優さんの「叫びと祈り」。

海外の動向を分析する雑誌を発行する出版社に勤める斉木は、アフリカのサハラ砂漠に残る塩の道
を取材する為、塩を採掘している集落と街を往復するキャラバンに同行させてもらっていた。過酷
な砂漠の旅が続き体力も限界に近づいたある日、突然シムーンと呼ばれる砂嵐がキャラバンを
襲った。突如砂漠に起こるこの現象は、時として巻き込まれた人を窒息させる毒の風だった。
そして、この砂嵐によって、キャラバンの長が犠牲になってしまう。さらに翌日、キャラバン
の隊員の男がナイフが胸に刺さった状態で死んでいるのが発見される。自殺なのかそれとも
殺人なのか――恐るべき真相がそこには隠されていた――!(「砂漠を走る船の道」)第五回
ミステリーズ!新人賞受賞作を含めた、異国ロマン溢れる5作の傑作短編を収録。


いやー、すごい新人が現れました。これはもう、間違いなく今年No.1のルーキーと言って
差し支えないでしょう。というか、本当にこれは新人が書いているのか!?と思えるくらい、
文章もミステリとしての完成度も高い。でも、著者経歴を見ると、なんと1983年生まれ!
にに、二十代ですか・・・絶句。今回のミステリフロンティアは凄いぞ、と巷の書評を見る度に
期待が高まって読むのを楽しみにしてはいたのですが、いやはや、期待通りどころか、それ以上
の驚嘆と感動が得られました。
7ヶ国語を操るジャーナリストの斉木が、行った国々で遭遇した不可思議な事件を描いた連作集。
異国ロマンに溢れた叙情的な文章がとにかく素晴らしい。自分も異国のその地にいるかのような、
斉木と共に旅をしているような気持ちになりながら読みました。以前に読んだ貫井徳郎さんの
『ミハスの落日』も似た雰囲気を持った短編集でしたが、あちらは単に海外が舞台のものを
寄せ集めたもという形式だったのに対し、本書は個々の短編の完成度もさることながら、
連作としての『仕掛け』も施されていて、トータルで素晴らしい連作集に仕上がっています。
連作短編好きとしては、もう、こういうのは本当にモロにめちゃくちゃ好みの作品と言わざるを
得ない訳でして。ラスト一編の、心ニクイまでの演出にただただ脱帽するしかないのでした。
最後まで読むと、この作品のタイトルに込められた意味が実に良くわかります。これはまさしく、
斉木が出会った人々の『祈りと叫び』の物語であり、彼自身の為の『祈り』の物語でもある
のです。これ以上はネタバレになってしまうから書けないのですが・・・。最後まで読めば、
この物語が書かれたことの本当の意味がわかり、大きな感動が得られる筈です。優しさに満ちた
ラストの余韻が素晴らしかったです。
そして、何よりミステリとしての着眼点が素晴らしい。どの作品も、真相や動機には目が点に
なってしまったのですが、舞台が日本以外であることを踏まえ、そこからその民族の風習や
宗教的視点で見れば、その動機は無理があるどころか、必然に思えてしまうような説得力を持つの
です。それぞれの国について、相当取材されているのではないでしょうか。出身学部は経済学部
だそうですが・・・。きちんと、その国々の特色を出しつつ、それに則したミステリの真相になって
いるところが秀逸ですね。個人的には、数年前スペインに行って風車を見て来たので、『白い巨人
が一番興奮して読んだかも(笑)。あ、そういえば、貫井さんの『ミハス~』でも行ったミハスが
出て来て興奮したっけ。スペインって物語にしやすいんですかね。






以下、各短編の感想(若干ネタバレ気味。未読の方はご注意を)。

『砂漠を走る船の道』
アフリカのサハラ砂漠が舞台。殺人の動機には唖然。日本だったら絶対あり得ない動機です。
でも、ここは砂漠の地。この地における、あるモノに対する価値感の違いを考えれば、納得
するしかないのかも(でも、やっぱり犯人は異常だと思いますけれど^^;)。でも、一番
やられたのは、メチャボの存在。読み返すと、なんでわからなかったんだ!?っていう書き方してる
のに!引っかからなかった人いるのかな、コレ。

白い巨人ギガンテ・ブランコ)』
スペイン中部・レエンクエントロが舞台。兵士パズルに関する三人の考察が面白い。これも
サクラにやられたなぁ。カタカナ表記だし、本名に何かありそうだな、とは思ったんですけどね。
うまいなぁ!って感心しちゃいました。ただ、彼女が消えた真相は意外に平凡で拍子抜けでした
けれど^^;でも、友人二人のサクラへの友情に温かい気持ちになりました。風車やらピカソ
ゲルニカ』やら、私のスペイン体験とも重なる情景描写に嬉しくなりました。

『凍れるルーシー』
南ロシアの女子修道院が舞台。ミステリとしては、これが一番好きかも。これも相当なトンデモ
真相ではありますが。聖人信仰の強さによって引き起こされた事件。これも舞台がロシア正教
修道院だからこそ起きたと言えます。斉木によって犯行が明らかにされるシーンにも息を
飲んだのですが、一番衝撃だったのはラスト一行でしょう。戦慄。

『叫び』
アマゾン奥地が舞台。ほんとにいろんな所に行かされますね、斉木さん。エボラ出血熱っていうと、
ついつい笠井さんの矢吹シリーズを思い出してしまったのだけれど。こんな状況には絶対置かれ
たくないですね。これも動機は凡人には理解不能なのですが、このアマゾンで生きる人間だから
こその思考回路なんでしょうね・・・。ラストは因果応報、こうなる以外にはなかったのでしょう。

『祈り』
語り手『僕』の正体には割と始めの方から見当がついていました。ただ、少年時代の話とか
なのかな、と間違った方向に考えてもいたのですが。最後まで、この作品の舞台がどこなのか
明らかにされません。その場所があるモノによって明らかにされた時、今この時期に読んで
良かったな、と思いました。『僕』と会話している森野の正体は、もちろん、アノ人ですよね。
この作品によって、それまでの短編での出来事が語られた意味がわかりました。この作品は
すべてがある一人の人間の為に書かれたと云えます。その人物への『祈り』を込めて。
素晴らしい終着点を見せてくれました。








これはもう、傑作、と言っていい出来でしょう。異国ロマンものとしても、ミステリとしても
申し分ない作品だと思います。今年、この作品に出会えたことは大きな収穫である言えそうです。
新人作家の域を超えてますね。これだけの文章力と構成力を持っていれば、今後の作品にも大いに
期待が出来そう。是非とも、コンスタントに書き続けて欲しいものです。

ちなみに、作者のお名前は「しざき ゆう」さんとお読みするそうです。あずさざきかと
思っちゃったよ・・・(バカ)。