ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

田中啓文/「ハナシがうごく!笑酔亭梅寿謎解噺 4」/集英社刊

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田中啓文さんの「ハナシがうごく!笑酔亭梅寿謎解噺 4」。

竜二が師匠梅寿に弟子入りして早三年。そろそろ年季明けで独り立ちする時期だが、梅寿は
何も言い出さない。そんな竜二に、落語のCDを出す企画が持ち上がった。兄弟子たちがこぞって
反対する中、意固地になった竜二は何としてでも出すと意欲を燃やす。しかし、そんな竜二の
目論見を阻もうと兄弟子たちが妨害行動に出て、思うように録音は捗らず、八方塞がりに。
そんな中、文化庁から梅寿を人間国宝に認定したいという通達が来て――痛快落語青春小説、
待望の第四弾。


梅寿シリーズ第四弾です。一作ごとにミステリ色が薄れて来ていると感じましたが、もはや
作者はこのシリーズにミステリを取り入れることは諦めた模様(苦笑)。本書に限れば
ミステリ的要素はほぼ皆無。でも、このシリーズはもう、それでいいと思う。変にミステリ
を入れることを意識したら、このシリーズの良さが削がれてしまうような気がします。
落語ミステリは大倉さんや愛川さんに任せておいて(笑)、このシリーズは本書のように
徹底した落語エンターテイメントとして地位を確立させて行ってほしい。ミステリ要素が
なくても、落語を通して涙と笑いをふんだんに盛り込んだ起伏のあるストーリー展開で
十二分に読ませてくれるのですから。田中さんが本当に落語が好きで、楽しんでこの作品を
書いているのが伝わって来るから、読んでいる方も気持ち良く読める。落語と同じように
細かい部分でくすぐりが効いていて、大きな笑いではないけれど、くすりと笑いながら
読めるところがいいですね。
飲んだくれで破天荒でめちゃくちゃなのに、要所要所で情の深い所を見せ美味しい所を持って
行く梅寿のキャラが今回も最高。理不尽に振り回される竜二にはちょっと同情の気持ちが
湧かないでもないけれど、なんだかんだ云って竜二のことが可愛くて仕方ないんだろうなぁ
っていうのが伝わって来るから全く憎めない。大人気ないところもたくさんある人ですが、
やっぱり懐の深い大きな人なんでしょうね。なんたって、文化庁から人間国宝の話が来る
くらいですからね(笑)。
竜二は今回も落語家としての岐路に立たされます。今度は漫才に現を抜かしてしまうことに。
出発点が『落語が好き』から始まっていないだけに、彼はすぐに落語以外のものに眼がいって
しまうのでしょうね。派手に笑いが取れて、才能あるものだけが勝ち上がっていけるサバイバル
な世界に憧れを持つのも悪いことではないと思いますが。今回のことで、竜二はまた一歩落語家
として成長したと思います。たくさんの笑いが取れる漫才もいいけど、お客さんがリラックスして
癒されながら楽しめる落語はまた、違う『笑い』の魅力があるのですね。漫才と落語って、
人を笑わせるという目的は同じでも、全く似て非なるものなんだなぁと思わされました。
軽い作風の中にもきっちり落語の魅力や落語というものに対する真摯な目線が伺えるところが
このシリーズのいいところですね。落語を観に行きたいという気にさせてくれるというかね。

梅寿一門が松茸芸能に戻ることになった過程なんかはいかにもご都合主義的なのだけれど、
それが実に痛快に感じるから不思議。梅寿を筆頭にした、この梅寿一門なら何があっても
おかしくないと思えるところがすごいところ(笑)。

途中ドラマの『タイガー&ドラゴン』を思わせる記述が出て来る所は、やっぱり少なからず意識
されているからなのかな?落語ブームの火付け役となったあのドラマで、このシリーズも結構
取り沙汰されるようになったと思いますが、順番はこちらが先なのですよね。二番煎じと
思われているとしたら残念。第二の落語ブームの再来を狙って、このシリーズもドラマ化
すればいいのになぁ。連作短編形式になっているし、エンタメとしては最高に面白いものが
作れると思うんだけどな。どっかの局でやってくれないかしら。それで、長瀬君、岡田君
レベルの俳優を起用してくれたら言う事なし(笑)。


やー、今回も面白かったです。400ページ近くあるけど、読みやすいからすぐ読めちゃう。
まだまだ続いて行って欲しいシリーズですね。落語ファンでもそうでない人でも愉しく読める
痛快な落語青春小説です。

ただ一つ難点を挙げるとこの装幀なんだよねぇ・・・。もっと他にイラストいなかったのかな。
文庫版との竜二のギャップが大きすぎるぞ^^;;