ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

久保寺健彦/「オープン・セサミ」/文藝春秋刊

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久保寺健彦さんの「オープン・セサミ」。

この歳で、こんな経験をするなんて……。いい大人になったって、人生は初めてのことだらけ。
でもそれは、自分には、自分でも気づいていなかった可能性がまだあるということ。そんな可能性
の扉を「開け、ゴマ!」のおまじないで開いてみたい。初めての体験に右往左往する人間たちの姿
を軽やかに描く短篇集(あらすじ抜粋)。


上手くこの作品を表現しているあらすじなので抜粋。ズルしてすみません^^;久保寺さんの
新作。出るって情報も全く知らずにいたのですが、ラッキーなことに図書館の新刊コーナーで
タイミング良くゲット。今はかなり予約が入っている模様。危なかった~。

4歳の幼児から十代、二十代、三十代、四十代、五十代、六十代、七十代と、あらゆる年代の
人物が入れ替わり登場し、それぞれの『はじめての経験』を綴った短編集。どんな年代でもはじめて
の経験っていうものは存在するもの。はじめて何かをするのって、誰だってワクワクドキドキ
する気持ちもあれば、戸惑いや焦り、不安っていう気持ちもある。その結果が成功することも
あれば、失敗することもある。でも、どちらにしても、その人を成長させることに変わりは
ないのです。この作品集には、そんないろんな年代の人物の『はじめて』が詰まっていて、
一冊通して楽しく新鮮な気持ちで読めました。オチがないようなお話も多いけど、日常の一コマ
の中で経験する『はじめて』を切り取って、リアルに読ませる手腕はなかなか。タイトルは
もちろん、「開け、ゴマ!」とばかりに気合を入れて未知の世界の『扉』を開けて一歩を
踏み出す時の気持ちを表わしているのででしょうね。どのお話もあっさり終わってしまうので
多少物足りなさはあるかもしれませんが、私は楽しく読めた一冊でした。


以下、各作品の感想。

『先生一年生』
二十代、新卒の新米先生が小学校の担任を任されて四苦八苦するお話。最近は学級崩壊だの、
モンスターペアレンツだの、いじめだの、教師にとっては頭の痛い問題が多くて大変ですね。
新卒の先生なんて、それこそ一度なめられたら苦労しそう。最近の小学生は怖いですからねぇ。
主人公の陽介がラストで生徒たちに対してある行動に出るシーンは、かなり悲劇的で悲惨な状況
なのに、彼には悪いけどつい情景を思い浮かべて笑ってしまった。いや、ほんとに陽介にとっては
笑えない状況なんだけど・・・でも、本人が『怪我の巧妙』って思ってるんだから、終わりよければ
すべて良しってやつですよね。

『はじめてのおでかけ』
三十代、四歳の子供の父親が我が子の『はじめてのおでかけ』に右往左往するお話。これは小さい
お子さんを持っている人には実に主人公に共感出来るお話なんじゃないのかな。我が子を溺愛する
あまりの主人公の親バカ行動には、苦笑しつつも微笑ましい気持ちになりました。『可愛い子には
旅をさせろ』というけど、やっぱり親の気持ちになったら子供が初めて一人で出掛けるなんてことに
なったら心配でいてもたってもいられなくなるものですよね。まぁ、私には子供がいないので、
せいぜい三歳の姪っ子を思い浮かべてバーチャルにそう思うのがせいぜいなんですけども^^;

『ラストラ40』
四十代、小学生の息子の母親が、怪我をした息子の代わりにリレーのアンカーを務める羽目に
なってしまうお話。これはすごく好きだった。そろそろ体力の衰えを感じ始めたバツイチの
キャリアウーマンが、小学生の子供たちに混じって真剣にリレーのアンカーを走る姿が感動的。
リレーを走る仲間の小学生たちのキャラもいいし、主人公をライバル視する奈々子ちゃんの
小生意気なキャラも良かった。リレーの後でお互いに認め合ってるところも爽やかでした。

『彼氏彼氏の事情』
五十代、同じ課に異動してきた中年男性が気になって仕方がなくなってしまう生保会社の中年課長
のお話。タイトル一瞬見て、津田雅美さんのマンガ『彼氏彼女の事情』を思い出したのだけど、
よく見ると『彼氏・彼氏』なんですよね(苦笑)。中身は中年のオッサンが中年のオッサンに
友情以上の感情を覚えてしまいあたふたするという、リアルなんだかあり得ないんだかわからない
ようなお話。佐久間さんのどこにそれほどの魅力があるのかイマイチ伝わって来なかったところも
あるのですが、中学生の恋愛みたいな主人公の佐久間さんへの仄かな恋心を読むのはなかなか
楽しかった。二人がmixiでやりとりする辺りが、イマドキだなぁと思いました(苦笑)。

『ある日、森の中』
六十代、はじめて山歩きのサークルに参加することになった主婦が奥多摩の山に登り奇禍に遭う
お話。軽い気持ちで山登りに参加したら、仲間の一人の身勝手な行動が引き金で道に迷ってしまい、
挙句の果てにトンデモないモノと遭遇してしまう過程が緊迫感があってなかなかに読ませる作品。
規子のどこまでも自己中なキャラにはうんざりしましたが、主人公の弥生さんの逞しさに救われ
ました。特に、ラストの彼女の勇敢さにはただただ拍手。六十代になったって、まだまだ現役で
元気で頑張れるってことを証明してくれてますね。こういう六十代になりたいな。

『さよならは一度だけ』
小学生の幼い兄弟が、母親の妊娠入院の間、七十代の大伯父と四日間一緒に暮らすことになる
お話。オージのちょい悪キャラがとにかく立っていて、おいおい、子供にそんなこと教えて
いいんかい!とツッコミたくなること必死。でも、こういういろんなことを教えてくれる老人が
子供の頃に側にいてくれるっていうのは、とても羨ましいことだと思う。いいことも、悪いことも
人生の数だけ経験しているこの年代の老人の言葉には重みがある。途中からラストの予測がついて
しまったので、読み進めるのが辛かった。そして、やっぱりその通りのラスト。この作品の
『はじめて』だけは、経験したくなくても、誰もが絶対に避けて通れないものです。辛いけれど、
これが運命。老人と子供が触れ合う話にはめっぽう弱い私です・・・(涙)。



メインは二十代~七十代ですが、準主役級のキャラを登場させて、きっちり一桁代と十代の
『はじめて』も描いているところが巧いですね。とにかく、どの作品も登場人物のキャラが
立っているので、小気味良く、痛快に読めます。
いろんな『はじめて』の要素が詰まった、おもちゃ箱みたいな短編集だな、と思いました。装幀も
可愛らしくて好き。ちょっと軽めの『良い話』が読みたいなーって時にお薦め。面白かったです。