ミステリ読書録

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京極夏彦/「死ねばいいのに」/講談社刊

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京極夏彦さんの「死ねばいいのに」。

仕事帰りに突然若い男につかまった。アサミのことを聞きたいという。ぞんざいな口調でだるそうに
質問してくるこの若者は一体アサミの何なのか。アサミは死んだ。私は、アサミが死んでショック
だった。だからといって、アサミのことを教えてくれと言われても困る。なぜならアサミは――
若者はなぜアサミのことを聞いて回るのか。アサミの死の真実とは。究極の人間心理を描いた
傑作ミステリー。


京極さんの新刊。もう、タイトルからしてやってくれちゃってますね(笑)。職場の人の前で読んで
いたら、「俺の前でそのタイトル言わないで」と言われました(笑)。いや、すみませんけど、
心の中で何万回つぶやいてるかわかりませんから!!(どーん)誰だって、こうつぶやきたくなる
人が周りに一人や二人いるでしょう。え、いないんですか!聖人ですか?(←逆ギレ?^^;)
また装幀がめちゃくちゃカッコいいですね。事典みたいな体裁。章ごとの中扉のタロットの絵が
これまたカッコよくて、一冊まるまるアーティスティック。さすが京極さんだなぁって感じです。

本書は、発売でちょっとした祭状態になっているiPadの第一弾電子書籍として発売されて話題に
なっています。iPad版が発売されるというニュースを聞いて、実はかなり驚きました。京極さんは
誰よりも紙媒体の書籍を愛していると思っていたから。こういう新しいメディアにいち早く
名乗りをあげるとは思わなかったのです。確かに、以前に『この世に面白くない本はない』
というようなことを京極堂に言わせていた位だから、文章であればどんな体裁でも面白く読める
と思っていらっしゃるのかもしれませんが。ただ、この間職場でラジオがかかっていて、その
番組に京極さんが新作のPRの為にゲスト出演していたのをたまたま聴く機会がありまして。そこで、
パーソナリティの大竹まこと氏が『このまま行くと紙媒体の本がなくなってしまうのではないか』
みたいなことを言ったら、はっきり『それは絶対あり得ないでしょう。絶対なくなりません』と
断言してらっしゃったので、そういう確信があるからこその電子書籍という媒体への介入だった
のかな、と思いました。

さて、そんな訳で内容とは別の意味で話題になっている本書ですが。内容もまたかなり面白い
構成になっておりまして、すべての章が、ある一人の若者と、その若者に話を聞かれるもう一人の
人物との対話と独白で構成されています。ん?こんな構成ちょっと前に読んだな(笑)。でも、
あちらとはまた全く趣が違います。すべての章に共通して出て来るケンヤという若者が一応の
主人公と云えるでしょうか。ただ、このケンヤというキャラ、全部に出て来る割に、人物像が
どうもはっきりとわからない。「~っす」という、現代の若者言葉を使うこのケンヤの口調には
かなりイライラさせられたところもあったのですが、この口調で、対話者を淡々と(本人全く
そういうつもりがないにも関わらず)追い詰めて行き、真実を吐き出させてしまう過程はさすがに
読ませます。章の冒頭では非常識で礼儀知らずの若者というキャラなのに、章の終わりには正しい
ことを言っているのはケンヤで、非常識で反省すべきなのは対話者の方だと思えてしまうのです。
この立ち位置を逆転させる筆致はお見事。物語はどれも淡々と進んで行くので、読者は一体ケンヤ
が何故アサミのことを聞いて回るのか、一体彼が何をしたいのかが最後までわかりません。ミステリ
かどうかすらわからないまま、読み続けて行くと、五人目の訪問者との対話の最後にカタストロフが。
いや、気付ける人は早々に気付いてしまうのだろうけど、私はぜんっぜんわかってなかったです。
ああ、そういうことだったのか、と思いました。あまりにも突然、しかもあっさりとトンデモない
事実を告げるケンヤの言葉に唖然。でも、それを受けて一体最後の章がどういう終わりを見せる
のか、本当に最後の最後までわからなかったです。ケンヤが訪問する人に必ず突きつけていた
『死ねばいいのに』という言葉の真意が最後にわかります。ケンヤは何故こんな酷いことを
アサミの関係者たちに突きつけたのか、そこが多分この作品の究極の謎の部分なのではないかと
思います。人間心理を実に厭になるくらいに巧みに描いた作品だと思います。ほんとに、
読んでる間は厭~~~な気分になります。ケンヤの口調も厭なんだけど、それ以上に対話者たちの
身勝手な言動に辟易。でも、それぞれに実に人間くさい心理を持った行動でもある。この辺りの
さじ加減がさすがだなぁと思いました。

対話中心なので、携帯小説みたいに軽く読めますが、蓋を開けると、人間心理に深く切り込んだ
ずしんと重い作品。

「死ねばいいのに」

誰かからこんな風に言われたら、どう返しますか?ケンヤはなぜこんな言葉を投げつけるのか、
これから読まれる人は、そこをポイントに読んで行くと良いかもしれません。

殺人の動機に関しては、私には理解できかねるものがあるのですが、この犯人の人物像なら
そういう状況になったら必然的にそうしてしまうのかもしれないと思えます。犯人の心理がこの
作品の最大の謎かもしれません。


こういう現代ものは京極さんには珍しいですが、読んでみれば実に京極夏彦らしいと言わざるを
得ない作品でした。面白かったです。
ただ、これをiPadで読むのはどうなんだろう・・・^^;取り敢えず今だけ安いし、iPad
買ったし試してみるかって軽い気持ちで買った人向けの小説ではない気がするなぁ^^;
それに、この装幀はやっぱり紙媒体で直接味わわないと勿体ない気がするね。