ミステリ読書録

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宮部みゆき/「小暮写眞館」/講談社刊

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宮部みゆきさんの「小暮写眞館」。

両親の結婚二十周年を機に、この夏念願のマイホームを手に入れた花菱家。しかし、都立高校に通う
長男の英一は、両親が買った家がに少々不満を持っていた。そこは古い写真館が付随した、店舗付き
住宅だったのだ。なぜわざわざ資産価値もなく使う予定もないそんな店舗つきの家を買うのだ――。
憮然とした気持ちを抱えながらも、新居での新生活をスタートさせた英一だったが、ある日、一人の
女子高生から家の前で不穏な写真を渡される。<小暮写眞館>のネーム入りの封筒に入れてあった
ものが、フリーマーケットで買ったルーズリーフのの中に紛れ込んでいたという。気味の悪い写真
だから、お店に返しに来たといのだ。写っていたものは、心霊写真だった。英一は、行きがかり上
放っておくことも出来ず、この写真について調べ始めるのだが――(「第一話 小暮写眞館」)。
講談社創業100周年記念出版、著者三年ぶりの書下ろし現代小説。


稀代のストーリーテラー宮部さんの書下ろし長編。講談社100周年記念出版といえば、先日
読んだ京極さんの新刊もそうだったんですよね。あちらはいつもの京極さんにしてはページ数が
少ないなぁって感じでしたが、こちらは逆に京極さんの本かと思うくらいの分厚さ。それもその筈、
総ページ数713ページ(本文のみ)。持って読んでると、腕がしびれる、しびれる^^;ほんとに、
若干の筋肉痛と戦いながらの読書でした^^;内容的に考えるとこれ程のページ数が必要な作品とも
思えないのですが、ふと気付くとページが進んでいて、不思議と冗長さを感じない。四つのお話に
分かれているせいもあるかもしれませんが。ひとつひとつのお話に全く不満がない訳ではないの
ですが、どのお話も読み終えると胸に優しい気持ちが溢れて来るような、ささやかだけれどじわ
じわと感動出来るような、そんな素敵な作品でした。もう、本当に宮部さんは巧いな。この人は
本当に物語を作る『職人』だと思う。それも、熟練した、国宝級の。どんな主題でも、読ませる
作品に仕立てあげて、読者に感動や幸せをもたらしてくれる。本を読むことの楽しさ、嬉しさを
感じさせてくれる、数少ない作家だと思う。と、私にとって、宮部作品を読むと、いつも作家論を
語りたくなってしまう作家なのです。やっぱり、この人の文章が、お話やキャラの作り方が、
大好きなんですよね(といいつつ、未読の作品もたくさん残っているのですが^^;)。

さて、本書。主人公は高校一年生の花菱英一君。少し達観したところはあるけれど、ごくごく
普通の、弟思いの、いいお兄ちゃん。両親はちょっぴり変わった所はあるけれど、家族仲は良く、
一見とても幸せそうな家庭。そんな花菱家が念願のマイホームを購入し、新生活をスタートさせる
ところからお話が始まります。でも、購入した新居が一風変わった写真館のついた一軒家だった
ことから、花菱家はいろいろなトラブルに巻き込まれることに。そんな花菱家のトラブルに英一と
小学生のひかる(あだ名なピカ)が立ち向かうという、ファミリー小説。この、英一とピカの
キャラ造詣が非常に良くて、読んでいてついつい感情移入してしまいます。ピカちゃんは子供
らしからぬ博識さを持ちながらも、誰から見ても愛らしい少年で、みんなのアイドルです。両親
からはちょっと行き過ぎな位に過保護に育てられていますが、あまり甘えたところもなく、とても
しっかりした性格。こんなに両親(特に母親)から心配されて甘やかされて育ったのに、よく
わがままにならずに真っ直ぐ育ったなぁと感心していたのですが、それにはちゃんとピカちゃん
なりの理由があることが後にわかり、納得が行きました。彼は彼で、とてもとても重いものを
抱えていました。それは、一見幸せそうに見える花菱家のすべての家族にも云えることでもあるの
ですが。
花菱家の抱える暗く痛みに満ちた過去の出来事。そのことが、ほんのささいなきっかけで花菱家の
幸福の崩壊に繋がってしまいかねない。そうならないよう、花菱父も母も、英一も、細心の注意を
払って生活している。そんな危ういバランスの上で保たれていた花菱家の家族の崩壊と再生が
この作品の核のひとつと云えるでしょう。でも、それぞれが胸にかかえるものの重さの割に、
それぞれのキャラがあっけらかんとしているので、それほど重苦しくならずに読めました。特に、
花菱家の暗い過去を乗り越える為に、英一が起こした行動には、胸がすく思いがしました。英一、
ほんとに、よくやった!と快哉を叫びたくなりました。個人的にはモテ男のテンコよりもずっと
英一の方が気に入ったし、彼はほんとにいい男になると思う(この辺りの印象は太田忠司さんの
甘栗少年に対するものとほぼ一緒ですね)。両親の注意や心配がいつもピカの方にばかり行って
しまっているのに、それにくさることもなく、自分もピカの面倒をかいがいしく見てあげるところが
出来たお兄ちゃんだなぁと思っていたのだけど、終盤になって、彼も忸怩たる思いを抱えていた
時期があり、それが彼の後悔と辛い記憶と直結しているとわかって、胸が痛くなりました。彼が
ピカに甘いのも、その辛い経験があってこそなのですね・・・。ピカが小暮老人に会いたいと
願った理由も悲しかったなぁ・・・。あんなに小さい少年が、あんなに重いものを抱えなきゃ
いけないなんて、どれだけ辛かっただろうと思う。彼が思慮深い少年だからこそ、余計に思い
つめちゃったんだろうなぁ・・・。

英一の写真探偵の部分に関しては、ちょっとわかりにくさや回りくどさを感じてピンと来ない
ところもありました。でも、微妙な距離感で展開する英一と垣本さんの関係にドキドキ。垣本さん
が最初に登場した時は、まさかこんなに重要なキャラになるとは・・・!彼女の人物像に関しては
意外性の連続みたいなところがあったのですが、ぶっきらぼうだけど、英一と触れ合ううちに少しづつ
女性らしくなっていくところに好感が持てました。でも、ラストの展開は・・・。あそこまで
行ったのに、ええーー!!って感じでした。なんとなく、予感がしないでもなかったのですが
・・・(そういう展開を匂わす描写も度々出てきていたし)。でも、できればもう少し違う
展開で終わらせて欲しかった気はしますね。まぁ、それも英一の青春の一ページってことなの
かもしれませんが。でも、最後のシーンは本当に美しくて、最後まで読み終えて、本の表紙の
写真をしみじみと眺めてしまいました。最初単なる風景写真かと思ってたんですけど、裏返すと
これが駅の写真だってはっきりわかりますね。とても美しい写真です。これを撮った人物の
精神状態が安定していることがわかるくらいに。


腕は痛かったですが(笑)、とても面白かったです。青春小説でもあり、家族小説でもあり、一部
ファンタジックな要素もあり。いろんな要素が詰まっているけれども、綺麗に纏まって収束されて
優しい読後感になっています。瑞々しい少年の描き方など、私が大好きだった初期の宮部作品
を彷彿とさせてくれる作品で、嬉しくなりました。なんといっても、英一少年に惚れたなー。
いろんな要素がミックスされて宮部さんらしいエンタメ作品になっていると思います。
鉄道マニアにも楽しい要素がちらほら。列車に乗りたくなるかも(笑)。
ラストはちょっぴり苦さもあるけれど、読後は爽やかな感動作。お薦めです。