ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

福田和代/「プロメテウス・トラップ」/早川書房刊

イメージ 1

福田和代さんの「プロメテウス・トラップ」。

在宅プログラマの能條良明は、以前アメリカで名を馳せた『プロメテ』と呼ばれる天才ハッカー
だった。しかし、FBIのシステムに侵入し、ハッキングしたことがばれて捕まり、三年の刑務所
暮らしの末、日本に強制送還された。以来、平凡な在宅プログラマーとして地道に生活を続けていた。
しかし、そんな能條の元に、見知らぬ男からICチップ解析の依頼が舞い込む。相手は能條が『プロ
メテ』と呼ばれていたことを知っていて、能條のパスポート情報を知らぬ間に盗み、その情報と
引き換えにパスポートのICチップ偽造を強要してきたのだ。仕方なく依頼を受けた能條だったが、
稀代のハッカー『プロメテ』をはめた相手を一泡吹かせてやろうとある策略を張り巡らす。しかし、
能條は、そのことがきっかけで再びアメリカに渡ることになり、アメリカで世間を騒がせている
サイバーテロ犯との戦いに巻き込まれて行くことに――米国を舞台に繰り広げられる本格ハッカー
小説。


初めましての作家さん。デビュー作の『TOKYO BLACKOUT』がかなり話題になっていたので当時
から気になってはいたのですが、予約が多くて読めず、ようやく開架に並んだ頃にはなんとなく
読む気が失せてしまい、結局今に至るまで読まずに来てしまいました(結構あるんだよね、こういうの)。
で、それ以降の作品もちょこちょこ気になりつつ、なんとなく食指が動かずにいたのですが、本書
は巷で評判が良いみたいなのでえいやっと借りてみた次第。

簡単に筋を言うと、ハッキングの罪でアメリカから強制送還された元天才ハッカーである主人公の
能條が、再びアメリカに渡り、FBIとインターポールの捜査官とともに、サイバーテロ犯と戦う
ハッカー小説。サイバー系の専門用語がわんさと出てくるので一見とっつきにくいかなと思った
のですが、読み進めてみると意外に読みやすく、サクサク読めました。主人公能條のキャラが
最初は天才であるが故にちょっと鼻につくところもあったのですが、読み進めていくうちに、
意外に友人に対しては情に篤かったり、与えられた仕事は手を抜かずにこなしたりと、いい面も
見えてきて、好感が持てるようになりました。特に、プロメテ時代の友人であるパンドラが窮地に
陥った時の彼の行動や心情には胸を打ちました。もっと乾いた、単なる仕事上の仲間関係くらいに
しか思っていないのかと思っていたので、能條が心から囚われたプロメテの身の上を心配し、身の
危険も顧みずに彼を救おうとしているのを知って、ちょっと意外に思いつつ嬉しい気持ちになり
ました。それだけに、終盤、パンドラがある事実を明かした後の能條の態度がとても残念だったの
ですが。それだけのことをされたのだから仕方がないとはいえ、二人の友情関係が崩れたのが
悲しかったです。でも、ラストは少し希望の持てる終わり方だったので、いつかまた二人が手を
組んで活躍するお話が読めたりするのかもしれません。そうだといいな。

すべての黒幕に関しては、案の定というか、そうであって欲しくなかったけど、やっぱりそうだった
みたいな感じでした(苦笑)。ちょっと意外性には欠けるかな。その人物を限定させるに至る
伏線がいろいろと述べられているのだけど、なんとなくどれもピンとこないものばかりで、あんまり
感心するまで行かなかったです・・・(単に私の頭の問題ともいう^^;)。理系の頭があったら
もっと楽しめるのでしょうねぇ。著者ご自身が元SEだったそうなので、サイバー世界の書き方は
リアリティがありましたし、サイバーテロの怖さもひしひしと身に迫って来ました。普段こうして
ネット社会に身をやつしているので、もし自分のパソコンが誰かにハッキングされたりしたらと
思うとぞーっとしますね・・・。

それにしても、本書でもまたチェスが重要なガジェットとして登場するのに驚きました。やっぱり、
巷で密かにチェスブームが浸透しているのだろうか・・・^^;コンピューターとコンピューターの
チェス対決。なんだか人間の知能がどんどんないがしろにされて行くような気になるなぁ。

全体的にはリーダビリティもあるし、キャラも良かったのでなかなか楽しめました。ただ、能條の
天才ハッカーとしての手腕をもう少し掘り下げて書いて欲しかった気はする。その凄さが、いま
ひとつ伝わって来なかったのがちょっと残念でした。それがあったらもっとカッコいい主人公って
思えた気がするんですが。最初はクールで無情な天才ハッカーって感じのキャラなのかと思って
いたのですが、裏切られたらムキになって仕返ししようとしたり、友人のピンチに慌てたりと、
終盤は人間くさいキャラに変わって行ったので、ちょっとキャラ造形のブレに戸惑ったところもあり
ました。まぁ、人間くさい方が感情移入は出来やすいですけどね。

能條と、FBIのパンドラと、インターポールの村岡、三人でチームを組んでサイバーテロ犯を追ってる
時が一番面白かったかも。この三人の関係もすごく好きだったんだけど・・・(ネタバレになるので
それ以上は書けません^^;)。

ネット検索してたら作者ご本人のHPで番外編が読めるらしい。読みに行ってみようっと。



※追記。
記事を書いた後に福田さんのHPに行って番外編読んできました。本書の最初の方で能條が
パンドラを日本に連れて来る場面があるのですが、その時のパンドラの秋葉原での一日を
追った短編でした。チラシ配りの怪しい男から、自分だけ何も書かれていないグリーンの紙を
渡されたパンドラは、これは何かのメッセージではないかと勘ぐります。その直後に、彼は
メイド喫茶でバイトをしているメイド服姿の美少女ミドリと出会い、彼女が直面している
問題を打ち明けられ、打開策を一緒に考えることに。グリーンのチラシとミドリは何か
関係があるのか?というのが筋ミドリのチラシの真相には脱力させられましたが、パンドラの
アキバおたくっぷりとお人好しっぷりが垣間見える掌編で楽しめました。