ミステリ読書録

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有川浩/「ストーリー・セラー」/新潮社刊

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有川浩さんの「ストーリー・セラー」。

最高に自分好みの小説を書く彼女を妻にした彼。彼女の紡ぐ物語が大好きで、彼女に作家という
職業を勧めたのも彼だった。そして、作家になった彼女の作品は売れた。人気作家となった彼女と
彼は、順調な夫婦生活を続けていた筈だった。しかし、あるきっかけで、すべてが坂道を転げ落ちる
ように悪い方へと進んで行った。そして、彼女は少しづつ壊れて行き、彼はなすすべがなかった。
精神も肉体もボロボロになりながらも、それでも彼女は書くことを選んだ。何より、自分の作品が
好きだと言った彼の為だけに――。「Story Seller」に発表された「Side:A」に、単行本のために
書き下ろされた「Side : B」を加えた完全版。


有川さん最新刊。雑誌のStory Sellerに収録された作品を『Side : A』として、単行本化
する為に新たに『Side : B』を書き下ろして収録して一冊にまとめたもの。
『Side : A』は雑誌で既読だったのですが、今回改めて読みなおして、やっぱり途中からの展開の
重さに読んでいて胸が締め付けられるような気持ちになりました。二人が付き合うまでの恋愛パート
が有川さんらしくて胸キュンキュンのラブストーリーなだけに、結婚して彼女が作家になってから
の畳み掛けるような不幸の落差が激しすぎて辛かったです。いくらなんでも、父親の態度は酷過ぎ
でしょう。自分の母親に対しても、娘と娘婿に対しても。でも、有川さんの作品って、親と子供の間
に確執がある場合が多い気がする。有川さんご自身の経験が何か反映されてるのかと勘繰りたく
なってしまう。『図書館戦争』のヒロイン郁と母親の間もそうだし、『フリーター、家を買う』での
父親もこの作品の父親と似たようなタイプだったし(そちらは途中で随分改心したので印象は大分
良くなったけれど)。確かに、世の中に酷い父親母親ってのはごまんといるでしょうけど、個人的
には、親に対して暴言を吐く娘とか息子の姿を読むのはあんまり気分が良くない。そういう時の
有川さんのキャラって、なぜかこぞってものすごく言葉遣いが荒いし。親に向かって『アンタ』
とか使うのは、やっぱりそれがどんなに酷い親だとしても、嫌だなって思ってしまう。それは多分、
私が両親から大事にされて育ったからなんでしょうけどね。実は、私が図書館戦争の郁が決定的に
苦手になった一番の理由って、母親に暴力ふるったシーンがあったせいなんだよね。どんなに
酷い親でも、それだけはダメでしょって、郁に対してすごく嫌悪感を抱きました。基本的には
すごく好きな作家なんだけど、なんとなく、受け入れられない部分が必ずあるんだよね、有川
作品って。って、なんか感想がズレてるぞ^^;すみません^^;
この作品ですごく共感出来たのは、彼が彼女に対して、『世の中には書ける人と書けない人がいる』
と力説してたくだり。私も、昔から本がすごく好きで、そのせいもあってか、よく周りから
『小説書けばいいのに』って言われるのですが、それは絶対に無理なんです。なぜなら、私は
決定的に『書けない人間』だから。作家にとって一番大事なものであろう『創作能力』ってものが、
絶対的に不足してるんですよ。新しいものを創り出す想像力というかね。そういうのがないんです。
模倣しろって言われたら、それなりに出来る自信はあるのだけど。でも、作家ってそれだけじゃ
絶対成り立たない。自分の世界を作らなきゃいけない。だから、私も彼と一緒で、書ける側の人間が
すごく羨ましいと思う。自分の一番好きな人が、自分の一番好みの作品を書いてくれる。これは
もう、最高の環境じゃないですか。彼が彼女を好きになるのは当然というか、必然でしょうね。
彼女も、一番の読者が一番の愛する人。彼のためだけに作家であり続けられる環境。もうなんか、
ごちそうさま!って言いたくなるような理想的なカップルで、いいなぁ、素敵だなぁって思っていた
だけに・・・。もう、ラストシーンがあまりにも切なくて。同じ言葉の羅列は正直怨念こもって
そうで怖いものがあったけど^^;
ちなみに、私、エンゲル係数とか『娯楽費』って普通に会話で使うと思うんですが・・・。
これって変だったのかー!?そういえば、『冗長』って言葉を日常会話で使ったら驚かれた
ことがありましたが^^;
最後の彼女からの手紙と、それに対する彼のひらがなだけの言葉が、胸に痛かった。重いけれど、
辛くて悲しいけれど、心に残る作品だと思います。

書き下ろしの『Side : B』は、『Side : A』の彼と彼女の視点を入れ替えたものなのかと思って
読み始めたのだけど、違いました。どちらかというと、パラレルワールド的な作品って感じ
なのかなぁ。二人が『A』の二人と全く違うとは考えずらいんだよね。基本的な性格は一緒
というか。彼女が作家で、彼が彼女の一番の読者ってところも同じだし。でも、他の部分では
いろんな設定が違ってるから(両親もこっちはまともだし)、別人ではあるのだろうけれど。
そして、冒頭から明かされるように、こちらは男の方がいなくなるお話。オチが最初に分かって
いるだけに、先の展開が予測できてしまって、やっぱり読むのが辛かった。『A』と対になるとも
云えるし、全然違うとも云える。彼女は最後まで逆夢の望みを捨てていない。わかりきったオチ
なのかもしれないけど、最悪の結末までは描かれない。彼女の強い意志で物語が閉じるところが、
この作品の良さだと思うし、強さなのだと思う。願わくば、彼女の逆夢が現実になりますように、
と念じながら、読み終えました。巧いよね、やっぱり、こういう余韻のつけ方は。

彼女が作家で、彼が彼女の一番の読者、という関係は、どうしても有川さんご本人と旦那さんの
関係を思い浮かべてしまいますね。きっと、旦那さんも有川さんの作品が大好きで、ラブラブ
なんだろうなぁ~とか思ったりして(真相は知りませんので勝手な想像ね^^;)。
もしかして、ねこって猫を飼ったりしていたり・・・?


『Side : A』も『Side : B』も、たった一人の為に、その人へのラブレターのように書かれた
物語。でも、そのひとりの為の物語が、その人だけじゃないたくさんの、万人の心を打つ。
装幀を見て、この作品は有川さんからの私たち(読者)に贈られた物語のプレゼントなのかな、
と思いました。良い作品でした。