ミステリ読書録

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打海文三/「ぼくが愛したゴウスト」/中央公論新社刊

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打海文三さんの「ぼくが愛したゴウスト」。

平凡な少年・田之上翔太は小学五年生の夏、コンサートに出かけた帰りに人身事故に遭遇。それを
きっかけに周囲に微妙な違和感と"臭い"を感じるようになる。事故にいあわせた男・山本健(ヤマ健)
は「俺たちは迷い込んだらしい」と謎めいたことを言う。そして翔太は、ある衝撃的な事実を知る…
(あらすじ抜粋)。


初・打海さん。先日読んだ伊坂さんのエッセイで触れられていて、気になったので借りてみました。
伊坂さんが書き出しが印象的だと書いていたように、『ぼくは十一歳の夏までぼんやり生きていた』
という出だしの一文から引き込まれました。確かに、このぼんやりと毎日を生きていた主人公の
翔太少年、十一歳の夏のある日を境に、運命が激変してしまうのです。簡単に言うと、パラレル
ワールドの世界にトリップした少年が波乱万丈の人生を送ることになるお話、なんですけれど。
なんだか、感想が難しい作品。トータルでは面白かったといえば面白かったんだけど、途中投げ
出したくなった瞬間もあったりして、全部が全部すごく面白かった!って訳じゃなかったんですよね。
文章も、読みやすいかと思えば、なんだか読みにくいと感じるところもあって、ページ数がさほど
多い訳ではない割には読むのに時間がかかってしまった。それは、翔太が迷い込んだ世界、
すなわち、人間は、尻尾が生えていて、脇の下から腐卵臭がして、心がないものだという
ことが常識である世界というのに、入って行けなかったことが大きいかもしれません。どこか
常に非現実感が漂っていて、絵空事を延々と読まされている気分になるというか。出て来る
キャラなんかはみんな個性的だし、好感が持てるのだけど、その一人一人の言動もなんだか
全部が嘘っぽいっていうか。そちらの世界の人間には心がないって設定なのだから、当然といえば
当然なんですが。なんか、どうも全部の人物に感情移入が出来なかった気がします。好感が持てる
のに、感情移入が出来ないってのも不思議な話なんですが・・・。
ただ、終盤で、ある人物が、翔太が迷い込んだ世界自体の説明をするシーンがあって、それは推測の
域を出ないものであり実際のところは最後までわからないままなのですが、それを読んでなんとなく
今まで作中で感じた違和感に納得が行ったようなところはありました。結局最後まで何一つ翔太に
起きた出来事が何なのかは解明されないのですが、読後は不思議と消化不良な印象にはなりません
でした。なんだか、こういう作品はそれでいいのかもって納得出来ちゃうというか。正直、終盤の
展開にはかなり面食らったところもあったのですが、なんとなくの流れでそういう突拍子も無い展開
になって、それをさらりと受け入れるところが翔太らしいって感じがしました。まぁ、まさかあの
人物とそういう関係にまでなるとは思わなかったのですが・・・なんだか、二人が幸せそうだから、
それでいいのかなって思いました。二人の世界がいつ崩壊するのかわからないけれど、できるだけ
長く、彼らの幸せが続いて欲しいような気持ちになりました。

かなり荒唐無稽なストーリーで、たくさんの疑問が残されたまま終わってしまったのですが、
読後感はなぜかそんなに悪くなかったです。なんとなく、伊坂さんが愛した作品というのが
頷けるような気がしました。エッセイの中で、伊坂さんは未だに打海さんの死が信じられないと
おっしゃっていました。思い入れの強い作家の死って、本当に受け入れられないものですよね・・・
その作者の新作が二度と読めなくなる日が来るなんて、思いもしないですからね・・・。なんだか、
読み終えて、伊坂さんの打海さんへの想いを思い返して、しんみりした気持ちになってしまいました。
他の打海作品を読みたくなったかというと、ちょっと微妙だったりもするのですが(^^;)、
伊坂さんが愛した作家さんなので、折を見て、もっといろいろ読んでみたいと思います。