ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

田中啓文/「獅子真鍮の虫 永見緋太郎の事件簿」/東京創元社刊

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田中啓文さんの「獅子真鍮の虫 永見緋太郎の事件簿」。

クインテットでの活動を休止にして海外に旅立つ唐島に、同行すると言いだした永見。ニューヨーク、
シカゴ、ニューオリンズでふたりが出合った、ジャズと不思議な出来事。“日常の謎”的ジャズ
ミステリーシリーズ、第三弾。あこがれのミュージシャンが遺した楽器を手に入れた唐島を襲った
災難、ニューヨークで管楽器の盗難事件に巻きこまれた永見が見いだした真相、シカゴで仲良く
なった老人が行方不明になっていた伝説のジャズマンだったことに端を発した騒動の顛末…、
など全七編を収録。田中啓文おすすめのジャズレコード、CD情報付(紹介文抜粋)。


心待ちにしていた永見シリーズ第三弾。やー、今回も面白かったなぁ!今回は、永見よりも
どちらかというと、唐島さんにスポットが当たった作品集になってます。もちろん、各作品の
謎解きで活躍するのはいつものごとくに永見の方なのですが。でも、唐島クインテットを一時
解散して、日本を離れたのも唐島さん側の気持ちの問題だし、そこで出会う事件もどちらかと
いえば唐島さん主体で、永見がそれに一緒に巻き込まれるというのに近い。アメリカの各地で
出会った音楽に衝撃を受け、いろいろと思い悩むのも唐島さんだし。永見は海外でも相変わらず
飄々としていて、出会う音楽を自分の中に吸収して、音楽のことだけを考えて過ごす。永見の
ように生きて行けたらきっと幸せなんだろうなぁ。永見がサックスを弾いている時って、本当に
楽しそうだし、幸せそうだもの。どんな時でも音楽のことを考えて、それを生業として生活
しているのだから、そりゃ幸せだよね。一番好きなことして生きて行けるんだから。今回は、
国境を超えて、海外のミュージシャンたちと触れ合う唐島と永見ですが、音楽っていうのは
本当に国境関係なく、人を感動させてくれるものなんだなっていうのが作中から伝わって来ます。
このシリーズを読むといつも、ジャズの知識なんか全くないのだけど、ジャズって素敵だなぁ、
生で聴きに行ってみたいなぁって思わせてくれるんですよね(まぁ、実際行ったことはないの
だけど^^;)。小難しいジャズの薀蓄なんかほとんど出てきませんし(作品の合間に挟まれる
作者によるおすすめジャズレコードのページはかなりマニアックですが・・・私はほとんど読み
飛ばしてます^^;←酷)。
まぁ、いつもの如く、ミステリとしては小粒なのですが(^^;)、そんなことは全く気に
ならないくらい、各作品ごとに毎回音楽を通じて感動を与えてくれる終わり方になっていて、
温かい気持ちになれました。特に表題作以降の作品が良かったな。どれも全部面白かったけどね。
あと、唐島さんがほんっとに『いい人』ってことがわかる一作ですね。永見に対する面倒見の
良さは前からでしたけどね。唐島さん視点だと、永見の天才っぷりの方がフィーチャーされてて、
本人の凄さがあまりわからないのですが、今回海外でもかなり名前が知られていることが判明。
実は凄い人なんですね(笑)。
ちなみに、毎回テーマを決めたタイトルを付けるこのシリーズ、今回は『動物』でした(笑)。



以下、各作品の感想。

『塞翁が馬』
超有名俳優・三村カズの映画に出演することになった唐島と永見。映画の原作は、劇的な人生を
歩んだ人気ドラマー・久米山のベストセラー自伝だ。久米山は、かつてライバルとのドラム合戦で、
相手のドラマーの演奏中の事故によって、一人息子の片目を失明させられていた。その場面の撮影
にさしかかると、撮影現場を見学していた久米山の様子がおかしくなって・・・。

ミステリの真相には割と誰でも当りがつけられるとは思うのですが、いくら何でも自分の息子に
・・・と空恐ろしくなりました。例え○○寸前だったとしても、あまりにも非道過ぎるでしょう。
人間万事塞翁が馬の言葉が皮肉に響きました。

犬猿の仲』
二十五年ぶりに再結成する大物バンドのグループメンバーに抜擢された唐島と永見。しかし、
二人の仲には浅からぬ因縁があり、犬猿の仲と言われていた。再会した二人は、案の定衝突し、
バンド再結成も危うい状態だった。そこで永見が一計を案じ・・・。

あれだけ犬猿の仲の二人が、あそこまで態度をコロリと変えてしまうのはイマイチ腑に落ちない
ところもあったのですが、ラスト1ページの二人のセリフで、二人ともお互いに何かのきっかけ
で、そうなりたいと思っていたのだろうな、と思わされました。

『虎は死して川を残す』
胃の調子が悪かった唐島は、知り合いの病院で診察を受けるが、結果を待つ間に永見と医者が
自分の病気について話ているのを盗み聞きしてしまい、ショックを受ける。余命少ないと悟った
唐島は、ほとんどの財産をはたいて尊敬するトランペット奏者が使っていたトランペットを手に
入れる。しかし、短い時間にそのトランペットが楽器ケースから紛失し、猫の死骸にすり替えられ
てしまうという事件が起きた。一体何故・・・?

猫の死骸の場面を読むのはキツかったです。ある目的の為に、そこまでするのか、と身勝手な
動機にムカムカしました。気になったのは、猫の死骸はどこから手に入れたかということ。
そんな都合良くそこら辺に落ちてるものではないと思いますが・・・。それとも、それを手に
入れたからこそ思いついた犯罪なのでしょうか。

『獅子真鍮の虫』
思うところあってニューヨークにやって来た唐島と、彼について来た永見。着いた早々、永見
が若い黒人のニックという男のトランペットに触り、盗難犯人と間違えられ、そのことがきっかけ
で永見のトランペットが壊れてしまう。誤解だとわかったニックから腕のいいリペア職人を紹介
され楽器は事無きを得るが、最近その界隈では楽器泥棒が横行しており、ニックの大事にしていた
楽器も非難に遭ったというのだが・・・。

この作品に関しては、楽器盗難の犯行動機を知って、心温まる思いがしました。犯罪には違い
ないけれど、その裏には切実な思いが隠されていたので、犯人には誰もが同情してしまうのでは
ないでしょうか。真相が明らかにされた後の唐島と永見の態度も素敵でした。ラスト1ページの
ニックの決意も清々しかったです。

『サギをカラスと』
シカゴに来た唐島と永見は、歯抜けの老掃除夫と出会う。永見の演奏に感動した老人は、その日の
稼ぎ代を永見のサックスケースに入れて去ってしまった。お金を返したい永見は、その日から同じ
場所でテナーを練習し、ある日とうとう老人と再会する。何度言ってもお金を受け取ろうとしない
老人に、結局そのお金で酒を奢ることになり、三人は行きつけとなったライブハウスに向かう。
そこで、意外な老人の正体が判明するのだが・・・。

どんなにいい名器よりも、使い慣れた愛器の方がいい音が出せる人もいるんですね。それだけ
愛着のある楽器と出会えることもアーティストの幸せの一つなのかもしれないですね。永見が
楽器に拘りがないってのは意外なような、納得なような。彼は、きっと、どこに行っても、どんな
楽器でも、弾ければそれで幸せなんでしょうね。老人と愛するセルメールとの再会が感動的でした。

『ザリガニで鯛を釣る』
ニューオリンズに来た唐島と永見だったが、唐島は気が滅入っていた。アマチュアなのに凄い
テクニックを持ったバンドマンたちがざらにいることを、この地で思い知らされてしまったからだ。
気晴らしに散髪に出かけた唐島は、ボロい散髪屋を見つける。店主は酒浸りで、唐島の散髪の
途中で雇い人の若い青年に仕事を振って引っ込んでしまう。青年は最近老舗のバンドに入って
トランペットを吹いているという。翌日、大通りのパレードに青年の姿があった。頑張っている
青年を見て更に唐島の気持ちはブルーに沈んで行った・・・。

唐島さんの音楽に対する苦悩を描いた一作。こんなにナイーブなところがある人だとは思いません
でしたが、謙虚な唐島さんらしい気もします。嬉しかったのは、唐島さんを案じた永見が、必死に
彼を再浮上させようと奮闘したところ。なんだかんだで、本当に唐島さんのことが大好きなんで
しょうね、永見は。誰よりも心酔しているアーティストのひとりなんでしょう。
ラストで判明する唐島さんの優しさに心を打たれました。そして、阪神大震災を経験した作者が、
カトリーヌ(竜巻)によって打撃を受けた街の復興を願って書いたという作品、今回の震災への
復興にも繋がるのではないかと思いました。

『狐につままれる』
日本に戻った唐島と永見。唐島は、近所の蕎麦屋で関西弁の男と出会う。男は、今年芸能生活
四十年を迎える中年ロックシンガー・バンビー田崎の歌を聴くと死んでしまうと言う。その
バンビー田崎の四十周年記念パーティで、サポートメンバーとして仕事をすることになった
唐島は、その場所で再び蕎麦屋で出会った男と再会することに・・・。

音楽恐怖症なんて病気があるんですねぇ。全然知りませんでした。まぁ、もちろん精神的なもの
なんでしょうけど。紛失したディスクの隠し場所(というか方法)には唖然。いくら何でも、
そりゃ無理でしょう、とツッコミを入れたくなりました・・・^^;まぁ、発想は面白かった
ですけど(苦笑)。最後の唐島の決意が嬉しかったですね。きっと、みんな待ってる筈ですから。






やっぱり大好きです、このシリーズ。でも、これでひとまず終了なのだそうです・・・えーん。
でも、みんなからの要望があればまた書く可能性もあるということなので、是非とも続けて
頂きたいです(><)。
一作ごとにあらすじ書いてたらやたらに長い記事になってしまった・・・これも、このシリーズに
対する思い入れの表れってことで・・・スミマセン^^;;

ジャズファンでも、そうでなくてもとっても楽しめる連作ジャズミステリ。オススメです。