ミステリ読書録

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池井戸潤/「かばん屋の相続」/文春文庫刊

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池井戸潤さんの「かばん屋の相続」。

池上信用金庫に勤める小倉太郎。その取引先「松田かばん」の社長が急逝した。残された2人の兄弟。
会社を手伝っていた次男に生前、「相続を放棄しろ」と語り、遺言には会社の株全てを大手銀行に
勤めていた長男に譲ると書かれていた。乗り込んできた長男と対峙する小倉太郎。父の想いは
どこに? 表題作他5編収録(あらすじ抜粋)。


池井戸さんの文庫オリジナル。『オール読物』に掲載された短編が6作収録されています。
2005年から2008年に掲載されたものなので、結構昔の作品も入ってますね。池井戸
さんらしく、すべてが銀行員を主人公にした短篇集。池井戸さん=金融小説というイメージが
強いですから、この手の作品はお手の物、といったところでしょうか。
ただ、意外だったのは、池井戸作品といえば、痛快かつ爽快な読後感で安心して読めるところが
『ウリ』だと思っていたのに対して、収録作の半分が苦い結末で終わっているところ。銀行員の
悲喜こもごもを描きたかったとしたら、納得出来るバランスではあるし、その方がリアリティも
あるとは思うのですが。でも、やっぱりすっきりしない終わり方の作品はあまり好きになれな
かったです。リアリティ度外視でもいいから、やっぱり池井戸作品はスカっと痛快に読み終えたい。
・・・わがままな読者のたわごとでした^^;


以下、各作品の感想。

『十年目のクリスマス』
十年前に倒産した顧客の神室電機社長を、デパートの高級宝飾店で見かけた銀行員の永島。
羽振りが良さそうな神室の姿を見て不信に思った永島は、男に何が起きたのか探り始める――。

神室社長と銀行員の永島との人情味あるやり取りはいかにも池井戸さんらしい。会社と銀行が
『融資』という切っても切れない密接な関係にあると知ったのは池井戸さんの作品からでした。
経営不信に陥った会社に対する銀行の冷たい対応のことも。神室がしたことはいけないこと
だったかもしれないけれど、ラストの永島の反応に心が温かくなりました。

『セールストーク
赤字続きの印刷会社社長の小島に『融資見送り』を言い渡した銀行員の北村。しかし、小島は
5000万円もの融資を別口で借り受け、倒産危機を乗り越えた。そのからくりとは?

小島社長に対して冷酷無比な対応だった支店長の田山が、ラストで北村にやり込められる所は
痛快。勧善懲悪な結末は一番池井戸作品らしいかも。

『手形の行方』
『クセ有り』部下の堀田が、取引先のタバタ機械から集金してきた手形を無くしてしまった。
行員総出で探したが、見つからない。上司の伊丹は、堀田の当日の行動から、手形の行方を
探り出そうとするが――。

手形紛失の理由には、なんとも皮肉な真相が隠されていました。堀田には最初から好感持て
なかったのですが、実はいい奴なのかもと期待しながら読んだものの、残念ながら最後まで
好感持てずに終わってしまいました。仕事もいい加減、プライベートでもいい加減、二重に
最低な男でしたね・・・。でも、手形を隠した犯人に関しては、動機はわからなくもないですが、
銀行にとっての手形の重要性を知っている人物なだけに、軽率すぎる行動だと思いました。

『芥のごとく』
二十年近く大阪で鉄鋼商社を営んで来た豪傑女社長の土屋。担当になった銀行員二年目の山田は、
彼女との取り引きを続けるうちに、彼女の豪胆さに惹かれ、応援したい気持ちになっていた。
しかし、山田の意欲とは裏腹に、土屋の会社は次第に傾き始めて行き――。

なんとも苦い幕引きに、唖然としてしまいました。土屋と山田のやり取りから、最後は土屋が
山田の熱意に応えて、何か違う方法を探し出すのだろう、とか想像していたのですが・・・この
結末にはちょっとガッカリでした。でも、世の中にはこういう結末の会社がいくらでもいるので
しょうね・・・特にこの大不況の中に於いては。皮肉ですが、リアリティという意味では一番
あるのかもしれません。

『妻の元カレ』
入行して十年目の銀行員ヒロトは、ふとしたことから、妻宛てに届いた昔の元カレの葉書を
見つけてしまう。そこには、元カレが会社を設立し、代表取締役に就任したという報告が
書かれてあった。出世街道から外れた自分にとって、その知らせは胸をざわつかせるのに
十分な威力を持っていた。そこから、妻に対しての疑問が芽生え始めるが――。

これも救いのない結末でゲンナリ。ラストは捻りもなく、ミステリ的な要素もほとんどなかった
ので、ちょっと物足りなさを感じる作品でした。後味も悪い。ヒロトがもっと早く妻と向き
合っていたら、結末は違っていたかもしれませんが・・・でも、そう出来なかったヒロト
心情も痛い程わかるだけに、彼が哀れでなりませんでした。
本来ならば、掲載順通りに収録されるとこの作品が最後の筈なんですが、敢えてラストの表題作と
逆にしたようです。これが最後だったら、確かに読後感最悪で読み終えたと思うので、この順番で
良かったです(苦笑)。

『かばん屋の相続』
父が経営するかばん屋を嫌って銀行に就職した長男に対し、父を支えてかばん屋を手伝って来た
次男。しかし、父親が急死し、遺された遺言状にはかばん屋を長男に譲る旨が書かれていた。
銀行を退職して手のひらを返したように父親のかばん屋を引き継いだ長男だったが、取引先の
弱小信金を見下す傲慢な態度ばかりを取り、担当の太郎は苦々しく思っていた。

読んでる間ずっと、京都の一澤帆布のお家騒動を思い出していたのですが、巻末の村上貴史氏
の解説で、実際それを元に書かれていたことがわかり溜飲が下がりました。一澤帆布の騒動の
詳しい内容は良く知らなかったのですが、結末が小説とは反対になっていたのですね。拘りを
持って作り続けていた技術をバカにして、大量生産を企むような人間が経営したら、長年
使って来た顧客は絶対離れて行きますよね。新しい客が安さに飛びついたとしても、一時的な
ものでしょうし。小説では、勧善懲悪の結末になって良かったです。




いかにも池井戸さんらしい作品もあれば、全く池井戸さんらしからぬ結末の作品もあって、
全編が銀行員を主役にしていても、飽きることなく読み通せました。苦い結末の作品はやっぱり
あまり好きになれなかったですけどね。銀行を舞台にして、これだけいろんな角度から作品が
書けるというのはさすがですね。やっぱり、安定して読めていいな、池井戸さんは。