ミステリ読書録

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薬丸岳/「刑事のまなざし」/講談社刊

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薬丸岳さんの「刑事のまなざし」。

笑顔の娘を奪われた男は、刑事の道を選んだ。その視線の先にあるのは過去か未来か――。

●「オムライス」……内縁の夫が焼け死んだ台所の流しの「オムライスの皿」
●「黒い履歴」……クレーンゲームのぬいぐるみ「ももちゃん」
●「ハートレス」……ホームレスに夏目が振舞った手料理「ひっつみ」
●「傷痕」……自傷行為を重ねる女子高生が遭っていた「痴漢被害」
●「プライド」……ボクシングジムでの「スパーリング」真剣勝負
●「休日」……尾行した中学生がコンビニ前でかけた「公衆電話」
●「刑事のまなざし」……夏目の愛娘を十年前に襲った「通り魔事件」
過去と闘う男だから見抜ける真実がある。薬丸岳だからこそ書けるミステリーがある。
(紹介文抜粋)


本当に久しぶりに薬丸さんの新作が出ました。ある理由から、少年鑑別所の法務技官を辞め、
刑事になった夏目が活躍する連作短編集。一作目の『オムライス』が書かれたのが2006年で、
その後も一年に1、2作ペースで細々と書き貯めて来たものがこの度ラストの書き下ろしを加えて
一冊に纏まったようです。随分じっくりと書かれたシリーズなのですね。過去の事件で心に傷を
負いながらも、刑事として犯罪者と真摯に向きあう夏目には好感が持てました。薬丸さんは常に
心に闇を抱えた人間を主役に据えて来たように思いますが、今回の夏目も、表面的には穏やかで
淡々とした性格に見えつつ、実はとても重いものを抱え、その辛さと葛藤しながら生きている人物
でした。けれども、彼は重い過去を経験しながらも、その事実から顔を背けることなく現実を
見据えて生きているからこそ、犯罪者と正面から向きあい、彼らの心理を理解しようと出来る
のだと思います。彼は犯罪は憎んでいるけれども、人間を憎んではいない。だから、犯罪者の
内面を理解し、犯行に気付くことが出来るのではないでしょうか。なんとなく、読んでいて
些細なことから犯行を暴いていく鋭い洞察力を持つ夏目が、東野さんの加賀刑事と重なりました。
結構、そう感じる人は多いのではないかな?外見はあまり似てなさそうですけど。どれも、先が
読めそうな作品ではあるのですが、ラストでちょっとした反転があったりして、ひとひねりある
所がさすがだなぁと思いました。短編で一作づつは短いですが、一冊通して夏目の過去の事件にも
少しづつ触れて行き、最後の書き下ろし作品でその事件にも決着が着くという連作形式になって
いるので、長編としても読める分、十分読み応えがありました。この人の作品は、ほんとに一作
ごとのクオリティが高いですね。東野さんの加賀シリーズや、横山秀夫さんの刑事ものがお好きな
方なんかには是非お薦めしたい一作ですね。


以下、各作品の感想。

『オムライス』
犯人はなんとなく当てられる人が多いかもしれないのですが、ラストで夏目が犯人に指摘する
ある一点に関しては、驚くのではないでしょうか。私は驚きました。まさか、本当の目的が
そちらだったとは・・・。有り得ないくらいの後味の悪さに、犯人に対する嫌悪感だけが胸に
残りました。ただ、短編としての出来は一番じゃないでしょうか。

『黒い履歴』
夏目がクレーンゲームに夢中になるところに微笑ましい気持ちになっていたのですが・・・その
目的を知ってとても切なくなりました。一度犯罪を犯した人間が新たに世間に受け入れてもらう
のは、やはり大変なことなのでしょうね・・・。ラストで、伸一が、自らを犠牲にしてまで守って
来たものが崩されてしまったことが悲しくてならなかったです。

『ハートレス』
これまで何度も薬丸さんが描いて来た犯罪被害者の遺族が持つ犯罪者への感情。やっぱり、行き着く
ところはこうなってしまうのでしょうか・・・。夏目が作った『ひっつみ』から犯罪が暴かれる
過程はお見事でした。

『傷痕』
被害者には全く同情出来ませんでした。こういう結果になって、世の中が救われたんじゃないかと
さえ思ってしまう。被害者のような、こういう人間がいるから、世の中に犯罪がなくならないん
じゃないかって思います。それでも、人を殺したら犯罪になるんですよね・・・当たり前ですけど。
この作品に関しては、誰もが、罰せられるべき犯人の方に同情するんじゃないでしょうか。

『プライド』
被害者の『彼氏』に関しては、もしや・・・と思っていたら、その通りでした。これもデリケートな
問題ですよね。私の身近にはいないですけど、こういう問題を抱えている人間は世の中にたくさん
いて、今では随分認知されてますね。被害者と犯人の関係は端からみたらいびつなのかもしれない
ですが、紛れもなく、これも愛の形の一つなんだと思います。

『休日』
中学二年の少年と父親の関係って、なかなか難しいと思います。一番多感な時期ですし、すれ違いが
起きてしまうのも仕方がないのかも。それでも、もう少しお互いに正面から歩み寄っていたら、
結果は違っていたのかな、と思いました。夏目の最後のセリフが切なかったです。

『刑事のまなざし』
これも被害者には全く同情出来ませんでした。でも、主人公である塚本が過去にしたことにも
嫌悪しか覚えませんでした。夏目の娘の事件の真相がようやくわかりますが・・・わかった所で、
夏目の娘の状態が回復する訳でもなく。夏目がこれからどんな風に刑事として生きて行くのか、
もっと彼の活躍を読んでみたいと思いました。最後のセリフを読む限り、おそらくとても優秀な
切れ者の刑事として名を馳せて行くんじゃないでしょうか。




薬丸さん、もう少し作品のインターバルを短くして欲しいなぁ。この人の書く犯罪ものは、
やっぱりいつも考えさせられて、胸に重く響きます。これからも、司法や犯罪に深く切り込んだ
作品で、犯罪の重さを、残された者の痛みと悲しみを、書き続けて欲しいと思います。