ミステリ読書録

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宮部みゆき/「ペテロの葬列」/集英社刊

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宮部みゆきさんの「ペテロの葬列」。

今多コンツェルン会長室直属・グループ広報室に勤める杉村三郎はある日、拳銃を持った老人に
よるバスジャックに遭遇。事件は3時間ほどであっけなく解決したかに見えたのだが―。しかし、
そこからが本当の謎の始まりだった!事件の真の動機の裏側には、日本という国、そして人間の
本質に潜む闇が隠されていた!あの杉村三郎が巻き込まれる最凶最悪の事件!?息もつけない
緊迫感の中、物語は二転三転、そして驚愕のラストへ!『誰か』『名もなき毒』に続く杉村三郎
シリーズ待望の第3弾(紹介文抜粋)。


杉村シリーズ第三弾です。総ページ数685ページ。シリーズの中では一番の分厚さじゃない
かな?前二作が何ページくらいあったかは忘れちゃったけど(違ってたらすみません^^;)。
我らが杉村氏、またしても事件に巻き込まれてしまいます。しかも、今回はバスジャック。
ただ、一冊まるまるバスジャック中の出来事なのかと思いきや、事件は割合始めの方であっさりと
解決してしまい拍子抜け。一体あとのページは何が書かれているのだろう、と全く予測が
つきませんでした。もちろん、その後もいろいろな出来事が起きて、様々な人間ドラマが
繰り広げられるのですが。
前二作と違って、今回は強烈な毒を持った人物というのは出て来なかったように思います。
ただ、どの人物も少しづつ毒の部分があって、嫌な面が見え隠れしていたように感じました。
杉村が巻き込まれたハイジャック犯は、人質となった杉村たち被害者に、ハイジャック中のバス
の中で、いずれ慰謝料を払うと約束しました。その言葉を前にした被害者たちの反応にも、
それぞれの人間性がよく現れていたと思います。そして、ハイジャック事件の後で実際に
それぞれのもとに送られて来た慰謝料を前にした時の態度も。一番お金に執着していた田中氏
の言動はとても好感が持てるものではなかったけれど、彼のような状況に置かれていたら、
誰だってそうなってしまうのかもしれないし、優しい人柄だと思っていた坂本青年がお金を
前にして変わって行く姿も、理由を知れば仕方がないのかな、とも思えて来たし・・・でも、
どちらにも嫌悪感を覚えたことは間違いないのだけれど。
ねずみ講のような詐欺の手口にも怒りを覚えました。けれども、こういう詐欺集団が今の
日本中に蔓延っているのですよね。一つを摘発して潰したとしても、次の詐欺が次から次へと
出て来て、悪の組織は飽和状態です。そこにはやっぱり、人の弱みにつけこんで不当に儲けようと
企む悪人の存在と、お金という欲望に目がくらんで正常な判断ができずに、まんまとそれに
騙される弱い人間たちがいくらでもいるから。
騙される方だって悪い、と詐欺をする人たちは開き直って嘯いたりするけれども、人間
誰にだって弱い部分はあると思う。誰だって今よりいい暮らしがしたい、お金が欲しいって
気持ちは持っているのだから。そういった弱い部分に入り込んで、人を騙してなけなしの
お金を搾り取っていい思いをする人たちが、私は許せないです。でも、人質の中のある人物
のように、嫌悪していた筈の詐欺師の立場に、気がついたら自分がなっていた、という人だって
世の中にはたくさんいるのだと思う。知らないうちに深みにはまっていて抜けだせない
蟻地獄のように。怖いな、と思いました。自分が騙されることは絶対ないと思うけれど、
それでも。お金って、怖いな、と痛感させられました。お金で人は幸せにもなれるけれど、
お金によって不幸になる人だってたくさんいるのだと思い知らされました。

相変わらずキャラ造形が絶妙で、善人、悪人(単純にそう区分けするのは間違って
いるかもしれないけれど)まんべんなく出て来るところが巧いと思うし、リアルだなぁと
思いました。それぞれに事情を抱えて、それぞれのドラマがあって。読ませるなぁ、と。
宮部さんはやっぱり、真性のストーリーテラーだと思いますね。
欲望を前にした人間の弱さも、それに負けないでいようとする強さも、どちらも見事に
描き切っていると思います。人間は弱い。そして、弱い人間に悪は伝染する。
それでも、悪を排除する力を持っているのも人間なのだと、そう教えてくれているような
気がしました。

ハイジャックやら詐欺やら、全体的に嫌な話ではあるのですが、それだからこそ、
ところどころに挟まれる人の優しさや温かさが心に沁みました。





以下、作品のラストに言及しています。未読の方はご注意を。











そして、読んだ大部分の人が唖然とさせられるであろうラストの急展開ですが。
実は、私は前作からこの結末をなんとなく予感するものがあったので、正直な感想としては、
嫌な予感が当たってしまった・・・という感じでした。やっぱり、そうなったか、と。
前作の記事の時にちょっぴりそのことに触れていたのですよね。
杉村氏はやっぱり、探偵への道を進むのでしょう。彼に残された道はそれしかないと思う。
その選択をするには、大事なものを犠牲にしなきゃならないんだろうな、と思っていました。
ただ、それはあくまでも杉村自身の問題だと思っていたので、まさかあの人の裏切りによって
そうせざるを得なくなるとは夢にも思いませんでした。そこだけは意外だったかな。その
人物のラストの言動には呆れましたが。何なのその開き直りは、みたいな。それも全部相手の
せいにしてる感じだし。最初に、強烈な毒を持った人物はいなかったと書いてしまったけど、
よく考えたら、その人物が一番毒を持っていたと言えるかも・・・。少なくとも、私は全く
その人物の言動に共感出来る部分はなかったです。むしろ、身勝手さに怒りしか覚えません
でしたね。巷で○○する主婦の言い訳ってこんな感じなんだろうなぁ・・・(呆)。
可哀想な杉村氏。彼に明るい未来はあるのでしょうか・・・。























最後の最後に急展開で、目が点になる方も多いと思いますね(私は違ったけど)。
分厚いけれど、ぐいぐいページが進むので、あっという間に読み終わった感じがしました。
小説の醍醐味ってこういうのなんだよなーと、しみじみ思わされました。
読み応えたっぷりの人間ドラマにお腹いっぱいです。
杉村氏が今後どういう人生を歩むのか、ぜひこの続きも書いて頂きたいと思います。