ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

吉田修一/「怒り 上下」/中央公論新社刊

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吉田修一さんの「怒り 上下」。

殺人事件から1年後の夏。房総の漁港で暮らす洋平・愛子親子の前に田代が現われ、大手企業に
勤めるゲイの優馬は新宿のサウナで直人と出会い、母と沖縄の離島へ引っ越した女子高生・泉は
田中と知り合う。それぞれに前歴不詳の3人の男…。惨殺現場に残された「怒」の血文字。整形を
して逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか?『悪人』から7年、吉田修一の新たなる
代表作!(あらすじ抜粋)


吉田修一さんの最新作です。書店で見かけて『悪人』と並ぶ傑作みたいな煽り文句が書いて
あったので、即行で予約しました(笑)。
早めに予約したのが功を奏して、上下巻一気に回って来てしまい、どちらも分厚かったら
どうしよう・・・と戦々恐々としていたのですが、借りてみたら、意外とどちらも薄くて
あれれ?って感じでした。っていうかね、この薄さなら、一冊にまとめた方が良かった
ように思うのですけれど・・・。上下巻に分けた意味がよくわからなかったなぁ。

さて、内容。率直に言えば、面白かったのは間違いない。『悪人』並のリーダビリティで
ぐいぐい読ませる筆力はさすが。冒頭で残虐な夫婦殺害事件が起きるのですが、その犯人
と目される山神一也は現場から逃走。警察が行方を追っています。しかしなかなか足取りが
掴めないまま一年が過ぎる。そんな中、東京、房総、沖縄で、身元不明の三人の男が
現れる。それぞれの人物と出会った人々は、それぞれの人物と触れ合ううちに、少しづつ
疑心暗鬼にかられて行く――「彼が殺人犯なのではないのか・・・」。三人のうちの誰が
山神なのか。

作品は、三人の男を巡る群像形式になっています。途中までは、三人三様、それぞれに
犯人であってもおかしくない特徴が出て来るので、誰が山神(犯人)なのか全く
わかりません。ただ、読み進めて行くと、だんだんと一人に絞られて来るのですけれどね。
読みどころは、三人の男を巡って繰り広げられる人間ドラマ。三人三様、全く違ったドラマが
あり、それぞれに読ませる要素が備わっています。東京ではゲイの優馬が直人という男と、
房総では漁港で暮らす洋平と愛子の親子が田代という男と、沖縄では母と二人暮らしの女子高生、
泉が田中という男とそれぞれ出会います。
下巻では、三人三様、劇的なラストが用意されています。あまり書くとネタバレになっちゃう
ので、詳細は省きますが。終盤では三人のうちの誰が山神なのかはもう明白になって来るの
ですが、残りの二人も最後まで言動の謎が残されます。それが明かされた時には、いろんな
腑に落ちない部分が納得出来て、胸にぐっと来るものがありました。

キャラ的には、房総の漁港で暮らす洋平の娘・愛子のキャラが絶妙のイライラさせられキャラ
で印象に残りました。ほんとに、彼女の言動には、いちいちイライラさせられたなぁ。
決して悪い子ではないのに、なんでこんなに嫌悪感を覚えるのか。『お父ちゃんって!』
を連呼したシーンが最高。何が最高って、最高にイライラさせられたってことです。
でも、恋人が殺人犯かもしれないと知った後の彼女の言動は、信じたいのに信じられない、
裏切りたくないのに裏切ってしまう、こういう状況に置かれた人間ならではのもので、
誰よりも人間らしいのではないかと思う。微妙に揺れ動く女心の機微を、見事に描き切って
いると思いました。



以下、ネタバレあります。未読の方はご注意を!!

















ただ、肝心の犯人のラストに関しては、非常に不満が残りました。まず、最後まで犯人自身の
真意が出てこないまま殺されてしまった為、あの血文字の『怒』の本当の意味が結局よく
わからなかった点。
それに、八王子の事件がなぜ起きたのかも全くわからず仕舞い。麦茶を振る舞われて、
その後どうしたのか。なぜ夫まで殺害せねばならなかったのか。事件の詳細がさっぱり
わからないまま終了って。ミステリーにあるまじきラストに目が点・・・。
犯人を殺すにしても、もう少し事件の真相がわかる何らかのヒントは残すべきだったと思う。
『怒』という文字を残す程の怒りの理由は何だったのか、そこの部分ももっと掘り下げて
欲しかった。もちろん、タイトルの『怒り』は、犯人だけの怒りではなく、犯人候補たちと
出会ったいろんな人々が抱える怒りでもあるとは思う。けれど、一番強い筈の犯人の怒りの
扱いがずさん過ぎ。だったら何でこんなタイトルつけたのかな、と思ってしまうし。
何か、一番肝心な部分が非常に消化不良な結末で終わっているので、読み終えてもやもや
した気持ちになってしまいました。人間ドラマとしては非常に面白かっただけに、残念です。

犯人の真の顔に関してはほぼ語られずに終わってしまいましたが、星島の壁の隅の
落書きだけでも、彼の性格がこの上もなく下衆だということがわかります。おそらく、
かなりの二面性を持った人格なのでしょう。彼がどんな心理状況に置かれて『怒』の
文字を書いたのか、その場面は何らかの形で書いて欲しかったなぁ。
犯人死亡ですべてが謎のままなんて、こういうあっけない終わり方にはしてほしくなかった
というのが正直な所です。























新聞連載で、連載時からはかなり加筆修正が加えられているようですね。ばっさりとカット
されてしまったシーンとかもあるらしい。
新聞バージョンの方も読んでみたくなりました。


面白かったのですが、ラストはちょっと不満が残りました。
そういえば、『悪人』でもそんな感じだったような。もともとミステリーの人な訳じゃ
ないから、ミステリー的な整合性とか求めちゃいけないのかもしれないですけどね。