ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介/「貘の檻」/新潮社刊

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道尾秀介さんの「貘の檻」。

あの女が、私の眼前で死んだ。かつて父親が犯した殺人に関わり、行方不明だった女が、今になってなぜ
……真相を求めて信州の寒村を訪ねた私を次々に襲う異様な出来事。はたして、誰が誰を殺したのか? 
薬物、写真、昆虫、地下水路など多彩な道具立てを駆使したトリックで驚愕の世界に誘う、待望の書下ろし
本格ミステリー!(紹介文抜粋)


我らがミッチー久々の長編ミステリー。読み応えありましたね~。雰囲気は初期の真備シリーズ
のような感じ。舞台も信州の寒村という閉鎖的なところなので、ちょっと横溝風で地方の因州が
入っていたり、読みづらい方言が出て来たりと、舞台設定だけでも楽しめる要素満載(いや、
普通の人は楽しむ要素じゃないかもしれないけど、ミステリ好きにとっては、ね^^;;)。

ことの発端は、駅のホームにいた主人公大槇の目の前で、ある女が轢死したことでした。
その女は、大槇が幼い頃に失踪し、行方不明になっていた人物でした。女は、死ぬ直前、
明らかに大槇の顔を見ていました。彼女はなぜ亡くなったのか。ある理由から、大槇はその
真相をどうしても知りたくなり、かつて幼い頃に彼が住んでいた信州の村へ、息子を連れて里帰り
することに決めます。そして、里帰りした村で更に次々と事件が起こって行き・・・と、大筋は
そんな感じ。ちなみに、大槇は妻と離婚しており、息子とは月一度しか会えない状況でしたが、
GW中、妻の出張の間だけ息子を預かってくれないかと頼まれていました。大槇は最初迷って
いたのですが、その期間を利用して、生まれた村に息子を連れて帰ることを思いついた
という訳です。実は、人生に絶望していた大槇は、女が死んだ理由を調べるこの旅が終わったら、
自分の人生も終えようと決意していたのです。

主人公大槇の置かれた現在の状況や、過去の不遇な境遇から、彼の現在の精神状態が伺えて、
読んでいてずっと胸苦しさを感じました。全体的にトーンは暗いです。まぁ、いかにも道尾
さんらしい作風ではあるのですが。
いろんな要素が絡んで来て、非常に読み応えはありました。交差する過去の事件と現在の事件との
関連も、きちんと一本に繋がっていて整合性もありますし。
ただ、まぁ、なんというか、読み終えて何とも言えないやるせなさが残りましたね。いろんな
歯車が、ほんのすこしづつ噛み合わなかったせいで、いくつもの悲劇が起こってしまった。
ひとつの誤解が、更なる誤解を生み、最終的には必要のない悲劇を生む結果となってしまった
ことが、悲しかったです。もっと早い段階で誤解が解けていたら、救えていた命もあっただろうと
思うのに。
一番辛かったのは、大槇の母親のことですね・・・。彼女が一番いろいろな意味での被害者だと
思います。夫から受けた数々の酷い仕打ち、彼の死に対する負い目。背負わなくてもいいものを
たくさん背負って、息子の為にだけ生きてきた人生。彼女はもっと幸せな人生を送るべき人
なのに。大槇がもっと早くに父親の死の真相に気付いていたら。彼女の人生を思うと、虚しく、
やりきれない気持ちになりました。

俊也誘拐事件の犯人に関しては、あの人物かあの人物、二者択一だろうなーと思っていたので、
ああ、こっちだったかーって感じでした。まぁ、この手のミステリー小説だと、だいたいこういう
展開だろうな、と予想出来てしまう自分が悲しい・・・。俊也が落とされた息抜き穴を探す方法は、
テレビなどで見たことがあったので想像しやすかったです。俊也が証言したお坊さんのお経の声の
正体がアレというのが、いかにも道尾さんらしい展開だな、と思いました(笑)。

彩根のキャラが、なんとなく三津田信三さんの如きシリーズの刀城言耶に重なりました。実は、
最初出て来た時、もしかして真備!?と一瞬期待したりもしたのだけれど(苦笑)。飄々とした
彼のキャラは、今後またどこかで出て来そうな感じもしますね。

事件の真相はとてもやりきれないものでしたが、最後の大槇と息子のやりとりに少し救われました。
大槇はこの事件でいろんなものを失ったけれど、一番大切なものを得ることが出来たのでは
ないでしょうか。人生に絶望していた彼がもうすでに諦めていたものを。それが、今後の彼の
生きる活力になればいいな、と願います。



久々に道尾さんらしい長編ミステリーだったと思います。
面白かったです。