ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

大山誠一郎「赤い博物館」/彩瀬まる「やがて海へと届く」

どうもどうも。春ですねぇ。
先日本屋大賞が決定しましたね~。見事、私が一番獲って欲しいと思っていた宮下さんが
受賞されたので、とても嬉しかったです。二位は納得といえば納得の『君の膵臓が食べたい』
でしたね。書店の仕掛けで売れた本だと思うので、書店員さんが売りたい本という意味では
妥当な順位ではないかと。まぁ、個人的にはいろいろ思うところはありますけれども。
『火花』が最下位というのにも納得ですね。だって、もう十分売れたものね。


読了本は二冊です。


大山誠一郎「赤い博物館」(文藝春秋
本当に久しぶりの大山さん。ミステリ・フロンティア『アルファベット・パズラーズ』
とても気に入った作品だったのだけれど、なんとなく、その後の作品に手が出ないままでした。
本書は、ミステリランキング本でかなり評価が高いようだったので、気になって借りてみました。
うん、面白かった。久々に、端正な本格ミステリを読んだという感じ。
仕事でミスを犯して、警視庁付属犯罪資料館――通称『赤い博物館』に左遷されることに
なった寺田聡。そこには、警視庁の管轄下で起きた事件の様々な証拠品や捜査資料が一定期間
保管されている。そこで出会った館長の緋色冴子警視は、雪女のように整った容姿と怜悧な
頭脳を持った女性だった。寺田は、彼女の指示で犯罪資料のラベル貼りを行う傍ら、
過去の未解決事件の資料をもとに再調査を行い、解決に導く手助けをすることに。

一作ごとのクオリティが高いです。過去の未解決事件を、捜査資料と証拠品を目にした
だけで再考察し、少しの調査を追加しただけで解決に導いてしまう冴子さんのクールビューティ
キャラが良い味出してます。私の頭の中では、菜々緒さんのイメージで読んでました(笑)。
冴子さんが導き出す推理は、予想外の連続でした。こんな少ない手がかりから、よく
こういう真相が出て来るなぁと感心するばかり。捜査資料や証拠品の、ほんの小さな齟齬
を見逃さない、冴子さんの慧眼には恐れいりました。東野さんの加賀恭一郎のようでした(笑)。

軽く、各作品の感想を。

『パンの身代金』
過去に起きたパン会社の社長殺害事件。人質として廃屋に入ったまま五億円の身代金を残して
姿を消した社長が、翌日死体になって発見された。廃屋には、外へと続く防空壕が存在していた。
犯人と社長はそこから外に出たとみなされていたのだが――。
犯人の大胆な手口には唖然。誰も気が付かなかったというのにも驚きですが、盲点をついた
ということでしょうね。
事件を解決した寺田たちに向かって発した今尾係長の言葉にはほとほと呆れ果てました。
犯罪を犯した人間が罰せられるのは当然のことなのに。こういう人間が警察にいること自体が
許しがたいことだと思いました。

『復讐日記』
元恋人を殺された青年が、犯人を殺害し、復讐を遂げるまでを綴った日記に隠された真実とは?
復讐を告白する日記に隠された事件の真相には驚かされました。青年の、殺された元恋人に
対する強い想いにやるせない気持ちになりました。こういう形の愛もあるのですね・・・。
結局報われることもなかったのが悲しかったです。

『死が共犯者を別つまで』
寺田の目の前でトラックと乗用車が事故を起こした。乗用車の運転手は、死の直前、35年前に
自らが犯した交換殺人を寺田に告白した。寺田は、当該事件の再捜査を始めることに。
これも、とても良く出来ているのですが、交換殺人の真相では、ちょっと混乱するところも
ありました。交換殺人というありふれた題材ではありますが、思わぬ着地点に、こういう
切り口もあったのか、と感心させられました。タイトルに繋がるラスト一行が皮肉だな、と
思いました。

『炎』
寺田は、21年前に起きた夫婦と叔母殺害事件の再捜査をすることになり、この事件で唯一
生き残った当時5歳の娘で、現在は写真家として活動している本多英美里に話を聞きに行くことに。
冴子が推理した事件の真相には戦慄を覚えずにいられませんでした。どこから見ても幸福な
家族でも、裏では何があるかわからないものですね・・・。犯人が英美里を生かしておいた
本当の理由に背筋が凍りました。それが事実だったとしたら、あまりにも酷い。愛情から
だったと信じたいけれど、真相は永遠にわからないままですね。

『死に至る思い』
26年前に起きた、未解決の男性殺害事件と全く同じ手口の殺人事件が起きた。警察は、
同一犯だとみなし、寺田たちのいる犯罪資料館に当時の事件の証拠品と捜査資料を引き取りに
やって来た。観察館室の依頼で、寺田と冴子も事件の再捜査に乗り出すことに。
事件の犯人も意外でしたが、その動機にはもっと驚かされました。こんな理由で、全く無関係の
人を殺すなんて・・・あまりの身勝手さに、腹が立って仕方がなかったです。
終盤で冴子さんが寺田に言った意味深な言葉が気になります。彼女にも過去にいろいろ
ありそうですね。これは、続編への伏線とみなしていいのかな。


非常に読み応えのある本格ミステリでした。これは、評判の良い『密室蒐集家』の方も
早めに読まなければ。



彩瀬まる『やがて海へと届く』(講談社
ホテルのダイニングバーで働く真奈のもとに、三年前に震災で亡くなった親友のすみれの恋人・
遠野がやって来る。すみれと住んていた部屋を引き払って引っ越しをするので、亡くなったすみれ
の荷物の整理を手伝って欲しいというのだ。すみれの死を未だに受け入れられない真奈は、彼女を
忘れようとしている遠野に反発を覚えるのだが――。
大切な人を突然失って、その死を受け入れられずに気持ちの整理がつかないまま三年が経って
しまった真奈。親友の恋人が、親友のことを忘れようとするかの如くに身辺整理をしようとする
ことに怒りを覚え、親友の母親が彼女の死を受け入れようとすることが許せない。
かけがえがなさすぎて、忘れたくない、という真奈の心情が痛い程に伝わって来ました。
私は真奈のような経験をしていないので、彼女の言動すべてに共感出来たとは言い難い。
というよりはむしろ、共感出来なかった部分の方が多かった。真奈が、亡くなった親友の死を
受け入れられず、彼女の親しかった人々にまでそれを強要しようとするのには、正直
反発心すら覚えてしまいました。静かに死を受け入れてあげることも、供養のひとつではないかと
思えるから。ただ、私がもし真奈と同じ立場になったとしたら、彼女のような気持ちが芽生える
のかもしれません。本当にかけがえのない人をある日突然失ったとしたら。暗闇の中に取り残された
ような気持ちになるのかもしれない。その人の死と向き合うことが出来ず、ただただ運命を
呪い、その人を忘れようとする人に攻撃的な言葉を投げつけたりするのかもしれない。
それはやっぱり、経験しなければわからないことです。
物語は、現実の物語と真奈の夢(空想)とが交互に出て来ます。夢の部分は真奈のすみれに
対するいろんな想いが象徴されていて、意味をなさないようでいて、意味深なものばかり
だな、と思いました。
こういうお話は、感想がとても難しい。心を打たれたのは間違いないけれど、真奈に共感
出来ない自分が嫌な人間に思えて苦しくなって来る。私は、必死ですみれを忘れないように
しようと足掻く真奈よりも、静かにすみれとの思い出を大事な過去にしようとする遠野の方に
より共感出来たような気がします。
ただ、終盤、真奈にも新たに大事な人が出来たのが良かった。それを心から喜んでくれる遠野君
との関係がとてもいいな、と思いました。お互いに、新たな一歩を踏み出せたのでは
ないでしょうか。どちらも、すみれのことが大好きなことに変わりはないのだから、後ろめたく
思う必要なんて少しもないと思う。大事な人の思い出と共に、生きていけばいいのだと
教えてもらったようなお話でした。
綾瀬さんは本当に心の琴線に触れる物語を書かれる作家さんですね。表現力には
ただただ感心するばかりです。近い将来、直木賞本屋大賞の候補に上がるような作品を
書かれるのではないかな。