ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

殊能将之「殊能将之未発表短編集」/下村敦史「真実の檻」

こんばんは。
熊本の地震、日に日に被害が大きくなって行きますね・・・。一番初めにテレビで
震度七の地震速報が出た時は、数字の大きさに自分の目を疑いました。あまりにもさらっと
速報が出たので。被災者の方は本当に大変な思いをされていることでしょう。
とにかく、早く余震がおさまってくれることを願うのみです。


読了本は今回も二冊です。


殊能将之殊能将之未発表短編集」(講談社
2013年に亡くなった殊能将之氏の未発表の短編を集めた短編集。メフィスト賞受賞作の
ハサミ男で話題をかっさらった後、寡作ながらも力作のミステリ作品を発表され、
ミステリ好きならば好きな方が多い作家さんだったと思います。まぁ、黒い仏など問題作も
ありましたけれど。私も大好きな作家さんでした。なかなか新作が出ないなぁと
思いながら数年が経ち、突然の訃報に呆然となった覚えがあります。確か、情報を知ったのが、
当時たまに覗いていたmixiのミステリ好きが集まるページで、信じられない程衝撃を
受けた覚えがあります。
今回の作品集の最後に収録されている『ハサミ男の秘密の日記』と、巻末の大森望さんの
解説で、デビュー当時から病気で苦しまれていたことを知り、とても驚きました。
そんな当時から病魔に冒されていたのですね・・・。それは違う意味でショックでした。
そんな辛い状況下で、ああいう作品が生み出されていたのだなぁ、と思うと。
こうして、未発表の短編集が読めるのはとても嬉しかったのですが、同時に、
もう読めることがないのだと思うと寂しががこみ上げて来ました。ミステリ界にとって、
本当に惜しい方を亡くしたと思います。
本書には四作が収録されています。うち三作は、講談社側が原稿を受け取ったものの、
何らかの理由で商業誌には載らずに、本当に机の奥底に眠っていた作品だそうです。
ボツになるほど駄作だとは思いませんが、派手なトリックのあるミステリ作品という訳
ではないので、とりあえず保留というような形で流されてしまったのかな、と感じました。
ただ、どの作品も私はそれなりに楽しく読めました。ボツにされちゃったのは、ちょっと
もったいなかったと思う。こうして、陽の目を見ることが出来て、あの世で殊能さんも
喜ばれているのではないかな。
軽く各作品の感想を。

『犬がこわい』
犬嫌いの主人公が、隣に引っ越して来た男の飼い犬に戦々恐々としつつ、思わぬ
隣家の秘密を知ってしまうお話。
主人公の犬嫌いエピソードにくすりとしていると、物語は次第に不穏な空気に。
隣家の男の犬に対する仕打ちに腹が立って仕方がなかったです。嫌な事件でしたが、
ラストはほっこり。主人公の家族が犬好きで良かったです。

『鬼ごっこ
これは、時空も超えた壮大なスケールの鬼ごっこの話。一体どんな設定なんだ、と
若干首をかしげたところもありますが^^;子どもを何の躊躇もなく殺すシーンが
嫌で仕方なかった。内輪(?)の鬼ごっこに、何の関係もない人間を巻き込むのはやめろよ、
と言いたくなりました(怒)。

『精霊もどし』
亡くなった最愛の妻の死を受け入れられず、妻の魂を呼び戻そうと躍起になる友人に戸惑う
主人公だったが、なぜか友人には見えない妻の姿が見えるようになり・・・というお話。
愛する人を亡くして、その死が受け入れられないという気持ちは理解出来るものの、
友人の言動はちょっと狂気じみていて、ぞっとしました。

ハサミ男の秘密の日記』
ハサミ男』出版までの経緯を綴った著者の日記。どこまで本当の日記かわからない
ところもあるものの、氏がデビューするまでの紆余曲折がわかって、大変興味深かった
です。これが読めただけでも、この作品集を読む価値があったと思いました。
病気で隠遁生活をしていた為、出版社との連絡が姉を通してだったというのにびっくり。
多分、メフィスト賞受賞作家だけでなく、数多いる作家の中でも前代未聞のケース
だったのではないでしょうか。出版社側は、殊能将之とは一体どんな生活をしているのだ、
とさぞかし不思議だっただろうなぁ。メフィスト賞を受賞しても、家族が全く驚いて
くれなかったというのも意外でした。映画化された時は家族もびっくりしたでしょうね。
こんなに売れてる作家になったのか!と思ったりしたかも。『ハサミ男』が話題に
なってからの日記も読みたかった。末尾にかかれた『つづく』の文字が悲しかった。
続き読みたかったよ、殊能さん・・・(涙)。
別名義で翻訳家活動をされていたとか、もともとSF畑で有名な素人さん(?)だった
というのも意外でした。いろんな裏の顔があったんですね。
もっとたくさんミステリを書いて頂きたかったな。本当に残念です。
今更ですが、ご冥福をお祈り致します。



下村敦史「真実の檻」(角川書店
乱歩賞作家下村さんの四作目。前三作、どれも力作揃いでしたので、自分の中では作品が
出版されれば読む作家さんの位置づけになっています。今回も図書館の新刊情報で書名を
見つけて即予約。
今回もなかなかの力作だったのではないでしょうか。読書メーター見ると、詰め込みすぎ
などの厳しめの評価も見かけましたけれど、私は引き込まれてぐいぐい読まされてしまいました。
乳がんで母を病気で亡くしたばかりの主人公の洋平は、母の遺品整理をしていて、妊婦姿の
母が、知らない男と映っている写真を見つけてしまう。母の看病疲れを理由に離婚していた
父の元へ真相を探るため訪ねて行くと、洋平の想像通り、洋平の実父は写真の男だった。
更に調べを続けると、実父は祖父と祖母を殺した殺人の罪で実刑判決を受け、死刑囚と
なっていた。だが、洋平が当時の状況を探って行くと、実父の判決が冤罪なのでは
ないかと思える事実が次々と明るみになって行く。殺人犯の血を受け継いだと信じたくない
洋平は、ジャーナリストの夏木亮子の協力のもと、実父の冤罪を晴らすべく調査に乗り出した――。

確かに、いろんな要素が絡まり合っているので、途中若干混乱したところはありました。
赤嶺事件、覚せい剤使用疑惑事件と主婦のヒ素混入無差別事件、それぞれの関係者や
法曹関係者、警察側の人間などが次々出て来るものだから、人間関係整理はちょっと
大変でしたし、それぞれの事件との関連もちょっとわかりにくいところがありました。
それでも、読み進めたいという物語の吸引力に引っ張られ、途中からはほぼノンストップで
読み続けてしまいました。ヒ素中毒事件の真相の部分では、若干動機の面で納得のいかない
部分もありましたが、赤嶺事件の真相には十分驚かされたので、それで相殺かな。ただ、
赤嶺事件の真犯人については、わりと早い段階からこの人かも?というのはありました。
そうじゃないといいな、とは思っていたのですが・・・やっぱりこういう展開だったか、
というのが正直な感想でした。洋平にとっては、本当に辛い真相だったと思います。
でも、彼の、『真実を知りたい』という熱意が伝わって来て、終盤のシーンは胸が熱く
なりました。信じていたものに裏切られる苦しみは、洋平にとっても犯人にとっても
耐え難いものだったのではないでしょうか。ただ、真犯人は、他人に罪を着せて自分だけ
のうのうと幸せを甘受してきたのだから、こういう結末になっても自業自得ではないかと
思いました。罪のない人間が冤罪で死刑になるなんて、絶対あってはいけないことだと
思います。警察や検察の隠蔽体質には、ほとほとうんざりしました。洋平にとって
良かったのは、事件を調べる上で、たくさんの良心的な協力者と出会えたことでしょう。
ちょっと都合良すぎかな?と思わなくもなかったですが。ジャーナリストの手助けが
あるとはいえ、一介の大学生が冤罪を覆すことが出来るというのはあまり現実的な話
ではないようにも思えるので。まぁ、読み物として面白かったし、十分考えさせられる
お話だったので、私は満足です。エピローグの洋平のその後にも嬉しく思いましたし。
実の父を助けたという経験が、彼を強くしたのでしょうね。彩との関係も良かったです。
ただ、今後すれ違いで彼らの関係が崩れないといいな、と思いましたけど・・・。
下村さんは、今後は社会派ミステリ作家として、薬丸さんや貫井さんと肩を並べられるくらいの
作家になっていくのではないかな。今後も追いかけ続けたいと思います。