ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

桂望実「総選挙ホテル」/奥田英朗「向田理髪店」

どもども。あっついですねぇ。今日は雨が降って湿度も高いから、不快度MAXでした。
梅雨明けはもう少し先なのかな。
ちなみに、ワタクシ、来週火曜日から夏休みでして、しばらく海外逃亡させて頂きます。
ま、5日間なので、すぐに帰って来るんですけど(笑)。
テロやら飛行機事故やらが心配ではありますが、元気に戻って来たら、旅行記なども
アップ出来たらなーと思っております。


読了本は二冊です。


桂望実「総選挙ホテル」(角川書店
桂さん新作。ちょうど読んでる時に、参院選挙があったので、若干タイムリー感が
ありました(といっても、実際の選挙とは何ら関係のない内容なので、タイトルの
『選挙』部分だけが被っているってだけの話なのですが^^;)。
内容は、タイトル通りというか、落ち目気味の中堅ホテルに、なぜか社会心理学
教授が新社長としてやって来て、人員整理を兼ねた売上打開策として、ホテル内で
『従業員総選挙』を行う、というもの。選挙の結果、解雇される従業員もいるので、
ホテル内で反発が起こったりもするものの、投票によって違う部門に配属になった従業員
たちが、思わぬ才能を発揮したりして、だんだんとホテル改革が進んで行く過程が、
テンポ良くコミカルに描かれていて、なかなか面白かったです。各セクションの
従業員たちの個性的なキャラも良かったですね。あと、とぼけた性格の社長と、
真面目な支配人コンビのやり取りも楽しかったです。最初、ホテル改革の仕事を
研究対象としてしか見ていない社長の無責任さにムカッとしたところも多かったのですが。
それぞれの登場人物たちが、新しい仕事に戸惑いながらも、本来の持ち味を発揮
し始め、やりがいを見出して行く辺りは、読んでいて痛快で、小気味良かったです。
従業員たちが、投票の際に、意外と人を見て投票しているのが面白かった。誰が
どの仕事に向いているのか、っていうのは、実は当人よりも周りの方がよく
わかっているのかもしれないな、と思わされました。
ただ、もし自分がこういう職場にいて、いきなり従業員による、従業員の総選挙が
行われる、なんて言われたら、すごく戸惑うだろうし、嫌だろうなぁとは思いますね。
誰かがリストラされる訳で、それが自分かもしれないんだもの。それに、全部の従業員の
こともよくわかっていないのに、適当に投票するのも無責任な感じがして嫌だし。
まぁ、こういう改革がなければ、ホテルが潰れて全員解雇という最悪の事態になるだけ
なのだから、こういう思い切ったやり方が必要だったというのもわかるのですけどね。
ただ、新社長の元山に関しては、単に思いつきでこういうことを考えただけであって、
その後の結果がどうなるかまでは自分でも予想してなかっただけに、無責任なのは
間違いない気がしますが。結果、上手く行ったのは奇跡に近いような^^;
でも、ホテルの従業員全体の意識が変わって行くにつれて、元山自身の性格や考え方も
変わって行くところは好感が持てました。終盤、あっさりとアメリカに行くと言い出した
時はがっかりしましたが、支配人の鋭い指摘で収まるところに収まってほっとしました。
何だかんだで、元山自身もこのホテルに愛着が湧いて来ているのがわかって嬉しかったです。
冒頭と最後で、従業員たちのインタビューの答えの内容が全然変わっているのが微笑ましい。
どの人物も、成長が伺えて嬉しかったです。
この作品を読んでいて、適材適所って大事なんだな、としみじみ思わされました。
ちなみに、個人的には、どんな事態にも真面目に対処する支配人の永野と、企画部から
飲料部に異動させられた黒田のキャラがお気に入りでした。どこまでもお人好しな
フロントの小室さんも可愛らしかったな。
ところで、お得意客の今井さんって、結局普通の常連客ってだけだったのでしょうか。
秘かに、実はオーナーか何かの偉い人なのかなってちょっと深読みしてたりしたんですけど。
結構意味深な登場の仕方してたんで・・・考えすぎだったのかな^^;
読み終えてスカっとする、痛快なお仕事小説でした。面白かったです。


奥田英朗「向田理髪店」(光文社)
かつては日本有数の炭鉱町だった、北海道の苫沢町で理髪店を営む向田康彦。
エネルギー政策によって石油が席巻し始めると、町は次第に衰退して行き、
今では寂れる一方。若者は都会へ出て行き、町は老人ばかりになった。
それでも康彦は変わらず理髪店を開け、一日数人しか来ない常連客を相手に
世間話をしながら鋏を振るう。そんな寂れた町では、ちょっとした事件でも町人が
大騒ぎ。過疎の田舎町を舞台にした、笑えて泣ける、ハートフルな連作集。

奥田さんの最新作。今回も、田舎町の何気ない日常と人間模様が、実にリアルに
描かれていると思います。かつては活気があって栄えた炭鉱町も、今では老人ばかりの
寂れた過疎の町。主人公は、その町で父親の代から続く理髪店を営む五十三歳の向田
康彦。札幌で商社に勤めていた息子の和昌が、一年足らずで仕事を辞めて実家の
床屋を継ぐと言い出した。息子には、こんな寂れた町ではなく、都会で仕事をし、
結婚して欲しいと願っていた康彦は戸惑うばかり。自分はこの寂れた町で一生を終える
ことに何の疑問も持たないが、息子にはもっと未来を見て欲しかった――。
康彦の、親としての複雑な心情はとても共感出来ました。子供が自分の仕事を継ぐと
言ってくれること自体は嬉しくない筈はないでしょうが、いかんせん、田舎町の
床屋では、明るい未来が期待出来る筈もなく。若者がいない町では、結婚も遠のく
のではという不安もあり。過疎の町に住む人間ならではの親の苦悩だなぁと切なく
なりました。
この、主人公の康彦のキャラが、いい意味で非常に『常識人』なところが良かったです。
いろんな物事を公平かつ冷静に判断出来るというか。周りには、極端な考え方をする
人物たちもいたりするのだけど、その中にあっても、常に正常でフラットな考え方を
する。そして、いい意味でお人よし。だから、みんな康彦を頼りにするんだろうなぁ、
と思いました。
町民のほとんどが顔見知りなだけに、面倒な面と便利な面両方があって、どちらの
場面も上手く物語に散りばめてあるな、と思いました。例えば、面倒な面でいうと、
中国人妻を娶った大輔が、気まずい思いを抱えて妻を町民に紹介したくなかったのに、
執拗に町民たちから妻を紹介しろとせっつかれるくだり。こういう狭い町だと、
ほっといて欲しい時にもほっといてもらえないんだなぁ、と気の毒になりました。
まぁ、結果として、みんなのおせっかいが大輔にもいい影響を与えたのですけれどね。
便利というか、有り難い面は、ラストの、息子が東京で詐欺を働き、逃亡してしまった
平岡を、町のみんなが気遣うくだり。多分、東京で同じ状況になったら、こんな風に
心配されるよりも、冷たい目で見られて、爪弾きにされた挙句、肩身の狭い思いを
するだけだと思う。息子の秀平に対して、康彦や瀬川の息子たちがしてあげたことも、
田舎の町で一緒に育った彼らだからこそ、なのだと思う。町民はみんな身内っていう
感覚なんだろうな。誰かが困っていたら助けるのが当然、みたいな。都会ではちょっと、
考えられない感覚かもしれないです。ちょっとした情報も全部、町民のほとんどに
知れ渡ってしまうというのは、窮屈で面倒でもあるけど。反面、こういう繋がりもいいな、
と思えました。
映画誘致で町中がお祭り騒ぎになるお話や、新規オープンしたスナックのママを巡る恋の
騒動を描いたお話もそれぞれに面白かった。五十を超えた男たちが、四十過ぎのママに
入れあげ、鼻の下を伸ばしている姿は、滑稽でもあり、微笑ましくもあり。そういう時も、
若干気にはなりつつも真剣に入れあげず、少し冷静にみんなの恋の様子を眺めるところが、
康彦らしいな、と思いました。ここで、本気で恋しちゃう性格だと、もっと嫌悪感を
覚えると思うのですけどね。いい意味での傍観者になれるというか、俯瞰して物事を見られる
ところが、康彦のいいところだな、と思いました。
田舎町あるある満載で、楽しく読めました。こういう、何気ない日常を描かせたら、
本当に巧い作家さんだなーと思いますね。読み終えて、苫沢町の住民みんなが、
愛おしい存在になりました。