ミステリ読書録

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戸川安宣 著 空犬太郎 編 /「ぼくのミステリ・クロニクル」/国書刊行会刊

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戸川安宣さんの「ぼくのミステリ・クロニクル」。

 

東京創元社で長く編集者として活躍し、伝説の叢書「日本探偵小説全集」を企画する一方で、数多くの新人作家を発掘し戦後の日本ミステリ界を牽引した名編集者、戸川安宣。幼い頃の読書体験、編集者として関わってきた人々、さらにはミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の運営まで、「読み手」「編み手」「売り手」として活躍したその編集者人生を語りつくす(紹介文抜粋)。


東京創元社の名物編集者・戸川さんの編集者人生を綴った回顧録東京創元社といえば、私の中では唯一無二の出版社。この出版社で出会ったミステリ作家は数知れず。
本を選ぶ時、レーベルで選ぶことはあっても、ほとんど出版社で選ぶことはない私
ですが、東京創元社だけは別格。ここから出ているなら面白いだろう、と手に取る
ことは非情に多い。それだけ、ミステリに関しては信頼に値する出版社ということです。
そして、そこの名物編集者として多数の作品のあとがき等に登場して来たのが、この作品に登場する戸川安宣氏。私の中では、講談社の故・宇山日出臣氏と共に、勝手に憧れていた編集者さんです。
本書は、その戸川さんの編集者としての軌跡を辿って行くと共に、たくさんの作家さん
との出会いや奇抜なエピソードなどが紹介されます。これが、トンデモないエピソードのオンパレード。なんせ、出て来る作家の名前が、乱歩や鮎川(哲也)さんや都筑(道夫)さんといった、ミステリ界の大巨匠たちだったりするのだから。もちろん、現在も
活躍中の北村(薫)さんや有栖川(有栖)さんや若竹(七海)さんといった錚々たる
作家さんの名前だって、出るわ、出るわ。私が好きな作家さんとのエピソードが
わんさか出て来て、読んでいてめちゃくちゃ楽しかったです。意外なエピソードも
たくさん。こんなにぶっちゃけて大丈夫?ってところまで語ってくれていたりもします。
出版界の内部事情みたいなものも。
驚いたのは、東京創元社が過去二度に亘って倒産していたこと。それでも、めげずに
立て直して今の地位を築いたのだから、大したものです。もちろん、そこには戸川さんだけではなく、他の社員たちの本を売りたいという絶え間なき努力があったからこそですが。
戸川さんは、最終的には社長の地位に登りつめたものの、自分はそういう器ではないと
たった二年で社長職を退かれ、その後は会長になるも、それも二年ほどでやめ、その後は相談役という役職に就いて、再び編集者として活躍されていたのだとか。どこまで
行っても、編集者として本を作っていたかったようです。本当に、編集者という仕事が
お好きなんでしょうね。
ただ、さすがに毎日出勤されることはなく、近年は吉祥寺のミステリ小説専門書店で
ミステリを売られる書店員になっていたのだそう。ん?ミステリ専門店??って、
若竹さんの葉村シリーズに出て来たミステリ専門店のモデルはそこだったのか!!と
驚かされました。こんな本屋が実在したらいいのになぁと思っていたのだけど、本当に
実在していたとは(驚)。そして、そこに出て来る富山店長は、まんま戸川さんがモデルだったのでしょうね。たった四年で閉店してしまったとのこと。その事情も含めて本書に書かれているのですが、開店している間に、一度でいいから行ってみたかったー・・・!!
返す返すも、閉店が悔やまれます。いろんな作家さんのサイン会なども行われていた
らしく。坂木司さんのサイン会には驚いたなぁ。お会いしてみたかったな。覆面作家
にも関わらず、顔出ししてサインをされたのだそう。それだけ、戸川さんに恩義を
感じていたのかもしれません。サインをしてもらったファンの人たちには、正体は
内密に、みたいなカードを添えたのだそうです。面白いなー。
ちなみに、このミステリ小説専門店(TRICK+TRAP)のオーナーというのが、
料理研究家だった故・小林カツ代さんの娘さんのまりこさんというのも面白かった。
戸川さんとまりこさんは特に知り合いとかだった訳ではなく、ミステリ小説専門店が
ある、という噂を聞いた戸川さんが、お店を訪れて店主に話しかけたのが知り合う
きっかけだったのだそう。それで、店員にまでなっちゃうんだから、面白い縁ですよね。

 

驚いたのは、随分前に読んだリレー小説『吹雪の山荘 ― 赤い死の影の下に』という
作品に纏わるエピソード。何人かの作家によるリレー小説で、その作家の脇役キャラ
たちが総出演する面白い趣向の本格ミステリだったのだけど。有栖川有栖さんの
有栖川有栖青年が作中に登場するのだけど、有栖川さんご本人はこのリレー小説に
参加されていなかったんです。なんでいきなりアリスが出て来るのかなーと不思議で
仕方なかったのだけど、その理由が参加作家の一人、岩崎正吾さんにあったらしい。
詳細は省きますが、もともと参加する予定だったのに、土壇場で参加を取りやめたから
だったのですね・・・。まぁ、理由を知ると、有栖川さんの気持ちもわかるとは
思いましたが・・・。若干、大人げない気もしましたけどね。うーん、出版界にも
いろんな事情があるんだなぁ。
他にも、驚きのエピソードがたくさんありました。立教のミステリ同好会設立秘話
とかも面白かった。顧問の先生が、乱歩の息子さんだったとか。なんかいろいろ、
すごいです。
改めて、戸川さんという人のすごさを思い知らされる本でした。戸川さんがどれだけ
本を愛し、本を売ることに精力を注いで来たのかが、とてもよくわかりました。
旅先で本がなくなった時の不安な気持ちとか、本に関することでは共感出来る部分が
たくさんありましたね。
本格ミステリ好きには、是非とも読んで頂きたい1冊です。日本のミステリの軌跡を
知ることが出来ると思います。もちろん、海外作品やSFもたくさん登場しますよ。
面白かったです。