ミステリ読書録

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伊坂幸太郎/「AX アックス」/角川書店刊

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伊坂幸太郎さんの「AX アックス」。

 

最強の殺し屋は―恐妻家。「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。一人息子
の克巳もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。
引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、
意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。
グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる殺し屋シリーズ最新作!書き下ろし2篇を加えた計5篇
(紹介文抜粋)。


伊坂さん待望の最新作。殺し屋シリーズの第三弾です。いやぁ、面白かった。途中の
衝撃的な展開には頭が真っ白になってしまったけれども・・・これは、読んだ人なら
ほとんど全員が体験するんじゃないでしょうか。世界がひっくり返るというか。えっ、
嘘でしょ?っていう。でも、そういえば、これは殺し屋シリーズなんだよな、と改めて
思い返させられて、納得するっていう。この容赦のなさが、このシリーズならでは
なんだよね、そういえば。でも、それだけで終わらないところが、伊坂さんの巧さ。
ああ、なんだかもう、やっぱり伊坂さんの世界が大好きだなぁって、改めて思わされる
作品でした。
今回主役として登場した兜が(初登場?前に出て来たことはあるのかな?)、私は
大好きになりました。殺し屋としては超一流なのに、家では妻に頭が上がらない。
家の中では、いかに妻を不機嫌にさせないでいられるかが、兜の中では最重要用件。
その恐妻家っぷりが可笑しくて可笑しくて。前半の三作目くらいまではずっとニヤニヤ
しながら読んでましたね。
五作からなる連作短編形式ですが、必ず順番通りに読んだ方がいいです。ちゃんと
計算された構成になっているので。どのお話もそれぞれに印象深いです。単純に読んでいて
楽しいのは、前半三作。
一作目の『AX』は、兜がいかに恐妻家かわかるシーンが満載。妻が寝ている深夜に
帰宅する夫が、食べるのに最適な食べ物は何かがわかります(笑)。何か他にいくらでも
ありそうな気もするけど、兜が行き着いたのは・・・魚肉ソーセージ(笑)。確かに、
音はしないかもしれないですねぇ。栄養もあるし(?)。パッケージを破る音すら
立てちゃいけないってのがすごいな^^;
二作目の『BEE』は、兜が庭に出来たスズメバチの巣と格闘する話。宇宙人のような格好で、
兜がスズメバチの巣と死闘を繰り広げる姿は、本人は至って真剣なのだけど、傍からみたら
コントにしか思えない(笑)。このお話はアンソロジーか何かで既読でしたが、改めて
読んでもやっぱり面白かったです(笑)。
三作目の『Crayon』は、ボルダリングにはまった兜が、教室で同じく恐妻家の松田という
男と出会う話。恐妻家同士通ずるものを感じた二人は、お互いに親しみを感じるように。
その上松田には、兜の息子克巳と同じ年の娘がいた。友達のいない兜が、初めてパパ友と
呼べる人間と出会えたかもしれない、と感激している姿が微笑ましかった。それだけに、
あの結末は・・・意気消沈している兜が可哀想でならなかったです。
四作目の『EXIT』は、これまた友達のいない兜が、文房具メーカーの営業という表の仕事
を通じて出会った奈野村という男と友情を結びかける話。その結末は、またしても
皮肉なものでした。この辺りから、裏の仕事を引退したい兜の周辺がきな臭くなってくる。
最終話の『FINE』に関しては、敢えて感想を書かないようにしておきます。何書いてもネタバレに
なってしまうので。ただ、ひとつ云えるのは、途中でがくんと落とされても、最後には
やっぱり伊坂さんだなぁと思える、心に沁みる終わり方になっているのは間違いない
ということ。読者は、伊坂さんを信じて読み進めばいい。どうしようもなくやりきれない思いも、
もちろん残るけれども。その先に、家族の絆の強さ、兜の家族への愛情の深さを感じる
ことが出来ると思う。あんなに奥さんに対して常に戦々恐々、怯えているように見えても、
その底にあるのは、愛情だけなのだとわかる筈です。兜と奥さんの出会いが最後に読めて
良かった。孤独な兜を救ってくれたのは、奥さんだけだったんだなぁ・・・。奥さんと
出会えて、息子の克巳が生まれて、兜はこの上もなく幸せだったんだと思う。
克巳もほんとにいい子で。母親にやり込められる父親を哀れに思って、さらっと兜を
フォローしてくれたりして。さりげなく味方についてくれる。そんな克巳の成長を見るに
つけ、兜が秘かに感激しているところが微笑ましかったです。
仕事では冷徹に淡々と仕事をこなす兜が、家庭での姿は真逆なところが、ギャップがあって
面白かったです。裏の仕事を引退して、穏やかに(奥さんに怒られ怯えながらw)老後の
生活を楽しむ兜の姿を見てみたかったなぁ・・・。克巳の息子にじいじ、とか言われ
たりして、また感激するんだろうな(ほろり)。
とても素敵で、やりきれないほどに残酷で、この上もなく愛情深い家族の物語でした。
読めてよかったです。