ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

若竹七海/「殺人鬼がもう一人」/光文社刊

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若竹七海さんの「殺人鬼がもう一人」

 

わたしの野望はただ一つ。定年まで勤め上げ、その間にたっぷりと貯金をし、年金をもらって
憂いのない老後を送ることだけだ。
都心まで一時間半の寂れたベッドタウン辛夷ヶ丘。20年ほど前に<ハッピーデー・キラー>と
呼ばれた連続殺人事件があったきり、事件らしい事件もないのどかな町だ。それがどうしたことか
二週間前に放火殺人が発生、空き巣被害の訴えも続いて、辛夷ヶ丘署はてんてこまい。そんななか
町で一番の名家、箕作(みつくり)一族の最後の生き残り・箕作ハツエがひったくりにあうという町
にとっての大事件が起き、生活安全課の捜査員・砂井三琴が捜査を命じられたのだが……。
(「ゴブリンシャークの目」)(紹介文抜粋)



若竹さん最新作。最近どうしたんだ?ってくらいにコンスタントに新刊出るように
なりましたね。一時期の寡作作家ぶりは一体何だったんでしょうか・・・まぁ、
ファンとしては、嬉しい限りなのですけれど。
今回は東京のベッドタウン辛夷ヶ丘市を舞台にした連作短編集。辛夷ヶ丘署の
警官コンビがメインに出て来るので、警察ミステリに入るのかな?各話の主人公は
警官じゃないものも多いですが。主人公自らほぼ半悪人みたいな人物なので、
ピカレスク小説と言っても過言じゃないかも。もちろん、事件も解決しますけどね。
もー、どれもが若竹さんらしい毒がたっぷりと盛り込まれております。いやー、
黒さ爆発でしたね。なんせ、主役の警官本人がちょこちょこ警察官にあるまじき
軽犯罪を犯したりしてますから。6作収録されてるんですけど、ほとんどの話が
何らかの悪意を持った語り手だったんじゃないかな。若竹さんの作品で善意の
人物探す方が難しい気もするんだけど・・・(おいw)。
特に砂井の方はなかなかに強烈なキャラ。身長178センチに高いヒール
履いてたりするものだから、圧がすごい。基本仕事にそんなに意欲がある訳ではなく、
定年まで何事もなく勤め上げて、のんびり年金暮らしをするのが夢、と欲がないの
かと思いきや、たまに不正に手に入れた不労所得があればいい、みたいな真面目
とは対局にあるような性格。穏便に事件を解決しようとして、犯人脅したりするし。
クセありすぎ^^;
作品自体はどれもさすがの終着点。ちょっとわかりにくい話もありましたけど、やっぱり
完成度高いですね。基本的には一話完結なのですが、ちょこちょこリンクが
あって、冒頭のお話に出て来たハッピーデーキラーの正体が最後の一編で
明らかになったり、きちんと繋がった構成になっているところは、若竹さん
らしい巧さだと思いました。
では、各作品の感想を。

 

『ゴブリンシャークの目』
辛夷ヶ丘市に広大な土地を持つ地元の資産家の老女がひったくりに遭ったという。
物騒な放火殺人事件が起きたばかりの辛夷ヶ丘の警察署では大幅に人員を駆り出されて
人手不足の中、ひったくり事件の担当を割り振られたのは、生活安全課の捜査員・
砂井三琴と相方の田中盛。二人は嫌々ながらも被害者の箕作ハツエの元へ事情を
聞きに赴くのだが――。
ハツエさんは人のいいおばあさんだと思ってたんですけどねー・・・とんでもない
くせ者でしたね。こわこわ。ま、ひったくり犯が落としたアタリ馬券を勝手に換金
して山分けする生安コンビもたいがいでしたけど(呆)。

 

『丘の上の死神』
市長選を巡って、辛夷ヶ丘市では現職派とリベラル派で一触即発状態だった。そんな中
リベラル派の英遊里子の夫が急死する。表向きは心筋梗塞の病死だが、現職の高橋派が
その死に疑問を唱え始めた。夫が死んだ日に、英邸で男女の口論を聞いた人物がいると
言うのだ。砂井と田中は上司に命じられてその人物の聞き取りに向かうが――。
リベラル派の英遊里子のモデルは、間違いなく小池さんでしょうね・・・。
遊里子と砂井の対決は、狸の化かし合いのようでした・・・。どっちもどっちで悪者^^;

 

『黒い袖』
可愛い妹・梅乃の結婚式の当日、姉の竹緒はスピーチを頼んでいた梅乃の親友から
突然結婚式のドタキャンを告げるメールを受け取る。妹の晴れ舞台をなんとか成功
させる為手をつくしてきた竹緒は憤る。しかし、続けて今度は花嫁の梅乃自身が
控室に籠城してしまい、出て来ないと式場スタッフに告げられる。一体どうなって
いるのか――。
この作品は、砂井や田中はほぼ出て来ません。梅乃の同僚としてちょこっと砂井の
存在は仄めかされていましたが。
黒い袖の持ち主には驚かされました。作中、度々竹緒が『なむなむ』と心の中で
唱えるシーンが出て来るので、なんだかモリミーみたいだなーとのんきに思って
いたのですが、こういう理由があったからだったんですねぇ。びっくりでした。

 

『きれいごとじゃない』
向原清掃サービスは母が立ち上げた清掃会社だ。年末の大掃除の時期は、契約
すると母が手作りするおせちの重箱が特典としてつくことから、たくさんの注文を
受ける。そんな忙しい時に、警察から潜入捜査として捜査員を仕事に同行させて
ほしいと頼まれる。うちの顧客の中に盗聴器を仕掛けられた家があるという情報が
入ったからだというのだが――。
これは以前どこかで読んだ記憶がありました。だからオチもだいたい覚えていたの
ですが、改めて読んでもやっぱり黒かったですね~^^;っていうか、主人公の、
ライバル会社を蹴落とす為の行動にはゲンナリ。こんな業者嫌だよ(><)。
主人公は清掃会社の娘ですが、この作品にはきっちり砂井が出て来て活躍します。

 

『葬儀の裏で』
水上サクラは、姉の六花の葬儀に出席していた。水上家は本家で辛夷ヶ丘市千倉
地区の中心となる豪農として、冠婚葬祭にはいつも多くの人が集まった。
しかし、姉の六花は高校卒業した辺りから実家と折り合いが悪く、ある日、家の
金庫から大金を持ち出し男と駆け落ちした。その時姉のお腹には子供がいたが、
男は駆け落ちから間をおかずに姉の前から姿を消したらしい。以後実家とは長らく
音信不通だった姉だったが、二年前、突然辛夷ヶ丘に戻って来た。廃屋同然と
なっていた父方の叔母の家をリフォームし、穏やかに暮らしていた。しかし、昨年
十一月の末、自宅で頭をかち割られて発見され、その後植物状態となり、つい先日
息を引きとった。姉の葬儀の喪主をしたいと名乗り出たのは、姉の孫・健斗だった。
姉の事件を知らせても音信不通だったのに、亡くなったと知った途端に連絡を取って
来た。姉の孫である自分にも水上家の財産相続の権利があると思っているらしいが――。
ラストシーンの水上一族の結託ぶりがおぞましい。旧家の血縁の繋がりってのはほんと
強いんでしょうね。それにしても、財産目当てに水上家にすり寄る健斗の図々しさに
辟易しました。どの面下げて来るんだか。それだけに、ラストはいい気味、と
思ってしまった(もちろん、あれはやりすぎだと思うけど^^;)。

 

『殺人鬼がもう一人』
クライアントから一三回目の結婚記念日にスペシャルなパーティを企画することを
依頼された。わたしは当日、入念な用意をしてクライアントの自宅に赴いた。
しかし、そこでは予想外の出来事が起きて――。
これも真っ黒でしたねぇ。今までに出て来た要素がちょこちょこ繋がっているのが
わかって溜飲を下げました。砂井は最後の最後までとんでもない警察官でしたね。
こういう普段のどかな辛夷ヶ丘みたいな警察署なら、彼女みたいな警察官がいても
野放し状態になるんでしょうね。ちょっと警察組織の闇みたいなものも感じる
作品でした。