ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

青山美智子「月の立つ林で」(ポプラ社)

青山さん最新作(かな?その後出てたらすみません)。本屋大賞にもノミネート

されてますね。

うんうん。安定の青山ワールド。とっても素敵な作品集でした。長年勤めた病院

を理由あって辞めて次の職を探す元看護師、売れないながらもお笑い芸人の夢を

諦めきれない宅配便の契約社員、結婚して子供が生まれた娘との関係に悩む

二輪自動車の整備士、シングルマザーの母親から自立したい女子高生、夫や義母

との関係に悩むハンドメイドアクセサリー作家。

悩みや憂いを抱えるそれぞれの人物が、タケトリ・オキナという人物による

ポッドキャストの『ツキない話』という番組を通して、気づきを得ることで

自分を見つめ直し、成長していく物語。

各作品が少しづつリンクしていて、最後に謎の配信者であるタケトリ・オキナの

正体と、この番組が配信されている理由が明かされるという、連作短編形式。

それぞれの人物も微妙にリンクがあって、今回も人物相関図が欲しくなりました

(笑)。ここまで全部をリンクさせる必要があるのかはちょっと疑問を覚えなくも

ないですが(さすがにちょっと偶然が過ぎる印象は否めない)。まぁ、きれいに

繋がっているのが気持ちいいとも云えるので、伏線回収って意味ではすっきり

したのですけどもね。

タケトリ・オキナの正体は、やっぱり・・・って感じではありました。ただ、その

人物だとすると、その人物が登場する作品の主人公がそれに気づかないのが

不自然にも思えてしまうのですが。実際の声とポッドキャストの声って、そう

違わない気がするんですけど。っていうか、ポッドキャストっていうものが

どういうものなのか、恥ずかしながら今回初めて知りました。言葉自体はラジオ

とか聴いてるとちょこちょこ出て来るので知ってはいたのですけど。素人が

自由にラジオみたいな番組を作れる媒体なんですね(説明間違ってたらすみません)。

言ってみればYou Tubeとかのラジオ版みたいな感じ?この本読まなきゃ、ずっと

知らないままだったかもしれないなぁ。

月をテーマにしたポッドキャスト『ツキない話』、確かに聴いてみたくなりました。

タイトルだけだとツキがない人の話なのかな?って思われそうですけど。月に

ついての尽きない話って意味なのかな?それともツキない=月がない=新月って

ことかな。何にせよ、この番組を配信しているタケトリ・オキナが、この番組を

毎日続けている理由にはほろりとさせられました。聴かせたい相手が、ちゃんと

そのメッセージを受け取ってくれたのが嬉しかったです。

どのお話も良かったなぁ。それぞれに感情移入できました。各主人公も老若男女

バラバラで、いろんなタイプの人が出て来ましたね。1話目の元看護師が、ラストの

お話で新しい職業に就いてるのがわかって嬉しかったです。それも、ぴったりな

仕事に。そして、お互いがお互いを知らないにも関わらず、ちゃんとお互い助け

合っているところも(知っているのは、読者だけ)。こういう粋な繋がりを考える

のが、本当に青山さんは上手い。誰かが誰かを知らないところで助けている。

世界はそうやって回っているんだって気付かされます。それは2話目も3話目も

4話目も一緒なんだけれどね。こういう青山さんの優しい世界が大好きだなぁ。

さくっと読めるけど、ちゃんと根底に深くて温かいメッセージが隠されている。

やっぱり、本屋大賞候補になるだけありますね。青山さんはノミネート常連さん

だけど、そろそろ獲らせてあげたい気もしますねぇ。他も強敵揃いなので(全然

全部読めてないけどw)、どうなるでしょうかね。

 

 

 

加藤シゲアキ「1と0と加藤シゲアキ」(角川書店)

作家生活10周年を記念して、作家自らが編集に加わったスペシャルブック。

様々な作家との競作や、対談、過去の雑誌インタビューなど、多岐に亘る作品集。

加藤さんの作品は、エッセイ一作と小説一作しかまだ読めていないのですが、

その二作読んだだけでも十分作家としての力量は伺えました。本書には過去に

出版された全著作ガイドが挿入されていて、ひとつひとつ読んでみて、どれも

面白そうで読みたくなりました。もともと一作目の『ピンクとグレー』は読みたいと

思っていたのだけれど、それ以外では四作目の短編集『傘をもたない蟻たちは』

が気になりました。折を見て借りてみたいと思います。

加藤さん自らが作家に依頼したという競作のメンバーもなかなか豪華(恩田陸

最果タヒ、玉川こおり、中村文則羽田圭介、深緑野分、堀本裕樹、又吉直樹)。

みんな、加藤さんの作家としての活躍を認めていて、快く引き受けてくれたん

だろうことが伺えました。お題は『渋谷と○○』。同じお題でもそれぞれに違った

渋谷の姿が出て来て、興味深かったです。羽田さんのは渋谷よりも震災エッセイ

みたいな印象が強かったので、若干面食らわされた感じはありましたけどね^^;

競作で一番印象に残ったのは中村文則さんの作品。ラブホテルの間に挟まれている

古びたビジネスホテルが舞台なのだけど、なぜか泊まる人によってサービス料の

値段が違う。ある人は四百円で、ある人は千二百円。なぜなのか?その理由には

びっくり。よくこんな奇抜な設定考えるなぁと感心。しかも殺伐とした作品かと

思いきや、ラスト、予想外に優しい結末で、二重にびっくりさせられた。短い

ながらも非常にクレバーな作品だと思いました。

加藤さんは小説以外にも戯曲の脚本やショートフィルムの脚本・監督など本当に

幅広く活動されているのですね。そちらの脚本もまるまる収録されています。

正直、そちらの内容は文章で読んだ限りはちょっと不条理ものっぽくて、あまり

個人的には好みじゃなかったのですが。映像で観たらまた違った印象かもしれません。

朝井リョウさんとの対談は面白かったです。朝井さんって、ほんと有名作家に

なられてるのに、腰が低くて優しい人ですよねぇ。誰に対しても丁寧で。加藤

さんのこともかなり認めてらっしゃる感じで、お互いにリスペクトされてるのが

伺えて良い対談でしたね。

過去の雑誌インタビューなども載っていて、加藤さんの作家としての想いなど

いろいろ知れて良かったです。もともと、御本人が所属しているNEWSの活動を

もっと広げたいという気持ちから、小説を書き始めたのだとか。少しづつ人数が

減って行ってしまったNEWSへの強い想いも伺い知れました。9人から3人とか、

どんなグループやねん!(なぜか関西弁w)とツッコミ入れたくなりますからねぇ

・・・。それでも、残って活動を続けていて、頑張ってるなぁと応援したくなります。

インタビューなどを読んでいて、加藤さんは作品や文章に対してかなり拘りを

持って書かれているんだなぁとちょっと驚かされました。いや、作家なら当たり前

のことなんですけど。書かれている内容は、もうジャニーズのアイドルではなく、

完全に作家よりだと思いました。まぁ、そもそも、作家として10年、コンスタント

に作品を書き続けられるところがもうすごい。芸能人で作家として活動している人

はちらほらいますけど、加藤さんほどコンスタントに作品が出ている人っていない

のではないかな?1作2作書いて、あとはぱったり出なくなったり(誰とは言わない

がw)。作家としてデビューしてから、芸能活動する人はたくさんいると思うの

ですけどね。以前、鯨統一郎さんの小説で、作家デビューしてから10年

書き続けられる人って、確か1割くらいって書かれていたのがすごく記憶に

残っていて(確認したら、全体の6%だった。もっと少なかった^^;)。

アイドルとしてテレビに出る傍ら、こうやって本を出し続けているってかなり

すごいことだと思います。それで、一作ごとに評価も上がっている訳ですから。

あと、感心したのは、日本語の持つ文字の美しさ(ビジュアル面の)の部分も

意識して文章を書かれているとおっしゃっていたところ。かなり文字自体に

対する拘りも持ちながら書かれているんだなぁと驚かされました。ミステリ的な

ものも書かれているそうですし。そうかと思えばSFとか幻想小説っぽいものにも

チャレンジされているとか。ジャンルを意識することなく、いろんな作品が

書けるというのも、小説家として長く書き続けていられる理由のひとつなのかも

しれませんね。

まぁ、とにかく作家としていろんな才能を感じられる作品ではありました。

未読の作品にもいろいろ挑戦してみたくなりました。

ただ、ひとつ文句を言いたくなったのは、雑誌掲載のインタビューや戯曲や

映画の脚本を収録するのはいいのですが、あまりにも字が小さすぎる!!!

こんな小さい字、読めるかーーーー(おばちゃん世代の心の叫び)。

雑誌インタビューまではギリギリ読めましたが、戯曲と映画の脚本部分は

メガネ外して裸眼で読みましたよ・・・。読者対象は若い子限定ですかっ!?

老眼世代のことも考えて本作ってくれ~~~~・・・・(悲)。

 

 

 

 

一木けい「悪と無垢」(角川書店)

『1ミリの後悔もない、はずがない』から注目している作家さん。新刊が出たので

予約してみました。

いやー・・・イヤミス通り越してもう、ホラーの域っていう作品でしたね・・・。

一話目二話目辺りまでは、夫とうまくいかない主婦が若くてイケメン(2話目の

男は違うけど)の男に振り回される、よくある不倫ものかぁくらいに思って読んで

たんですが。その先一作進むごとに、自分は一体何を読まされているんだろう?と

だんだんわからなくなって行きました。ただもう、嫌な話を読まされてるって印象

しか覚えなくて。語り手は毎回違うのですが、必ず英利子という得体の知れない女

が登場します。この英利子というモンスターの存在だけが、どのお話でも強烈に

印象に残り、漠然とした恐怖を感じさせました。時系列がバラバラなので、英利子

の年齢もその時々で違い、その印象も違っている。美しい見た目という形容詞だけ

は変わらないけど、息子に対して理解のある明るい母親の姿だったり、年下の女性に

優しく助言してあげる頼りになる友人だったり、孤立する女子生徒が唯一心を許せる

同級生だったり。

そのどれもが、物語の中盤までは明るく優しく聡明な女性として登場するのだけれど、

一見善意の人物に見えるこの女の言動の真実を知った時、そのおぞましさに背筋が

凍りつきました。

世の中には、息をするように平気で嘘がつける人が存在することは知っています。

個人的に、子供の時に『嘘つきは泥棒の始まり』と教えられてきたのが根底に

あって、嘘をつくのが苦手です。そりゃ、軽微な嘘ならつきますけど、できる

ことなら人に嘘はつきたくない。軽微な嘘だろうが、すごく後ろめたい気持ちに

なるし、嘘をつくくらいなら黙ってる方がいいって思う。でも、そうじゃない

人もいるんですよね。何の後ろめたさも、気まずさもなく、笑ってとんでもない

大嘘をつける人間が。その嘘で他人がどれほど傷つくかわかっていても。

いや、わかっているからこそ、それを楽しんで嘘をつく人間が。それが、英利子

という女。自分の身内にさえ本当のことを言わない。言う事なすことすべてが

嘘という、とんでもないモンスター。その、一番の被害者が娘の聖だった。

あんなのが母親とか、もうこの世の地獄ですよね。英利子から逃れようとしても、

どこまでも追いかけて来て。一部の人しか知らない筈の聖のマンションに、勝手に

侵入していた日にはもう。ホラーですよ、ホラー。完全にストーカーだし。怖すぎる。

学生時代のカゲトモ(陰の友達)との話もすごかったけど。なんで、ここまで

人を陥れられるのか。一番怖いのは、英利子のつく嘘は、大抵のものが、本人

には特にメリットもなさそうなものばかりってところなんですよね。ただ、他人が

自分の嘘によって破滅するのが面白いのでしょうね。ある意味サイコパス・・・。

先述したように、時系列が作品によってばらばらなので、どこがどう繋がっている

のかとか人間関係がわかりづらくて、作者が一体何を書きたいのかが、

なかなか把握出来なかった。ただただ、英利子という悪意の塊みたいなモンスター

が強烈な印象を残すだけで。最終話まで読んで、ああ、こういうことが書きたかった

のか、と理解したのですけれども。でも、ちょっとごちゃごちゃしすぎな印象は

否めなかったかな。英利子が気持ち悪すぎて、最後はどうでもよくなってる

自分がいましたね・・・。こんなモンスターに狙われた日にはもう、人生絶望

するしかないでしょう。関わるすべての人間を破滅に導く怪物。タイトルの悪は

英利子のことでしょうけど、無垢ってのは誰を指しているのかな。英利子の嘘

の餌食になった人物みんなかな。それとも、悪意もなく嘘がつけるって意味で、

無垢の方も英利子を指しているのか。うーん、謎。

とにかく、読んでいて嫌悪感しか覚えなかった。どのお話も、不快でしかない。

その分惹きつけられたとも云えるけど、ラストまで読んでも、一片の救いも

なかった。聖はこの先どうなるんでしょう。きっと一生、英利子が死ぬまで、

彼女に囚われ続けるしかないのかも。自分の娘を(話の上で)殺してまで、人に

同情を引こうとするような女ですからね・・・。怖い怖い怖い怖い。ちょっと、

夢に出て来そうなくらい。トラウマになりそうだ・・・。

心が弱い時には、読んではいけません。英利子の闇に引きずり込まれてしまう。

健全な精神を持つイヤミス好きの方は(笑)、ぜひご一読を。

 

 

 

芦沢央「夜の道標」(中央公論新社)

芦沢さんの作品は読んだり読まなかったりなんですけれど、これは何となく良さそう

だなと思って予約してありました。回って来るまで結構かかったなぁ。記事を

書くにあたってネット検索してたら、本書が作家十周年の記念作品だそうで。

ここ最近人気になったってイメージがあるので、もう十周年というのにちょっと

びっくりしたかも。結構遅咲きだったんですね。十周年記念にふさわしい、重厚な

物語でしたね。

ネグレクトや会社内いじめやパワハラ、障害を抱える子供の問題など、社会が抱える

闇をいくつも盛り込んで、読ませる作品になっていると思います。時代設定は

1998年と今よりも少し前になります。この時代だからこそ生まれた悲劇の物語

とも云えるかもしれません。ある法律が施行され、廃止される前のことなので。

警察内でのいじめやパワハラ問題も、今だったらコンプライアンスに引っかかって

完全アウトになっているところでしょうね。まぁ、こういう嫌がらせみたいな

ものって、今だって全くなくなってはいないでしょうけども。

事件は、私設塾の経営者が殺され、死体となって発見されたことから始まります。

警察の捜査で、容疑者としてかつての教え子である阿久津が浮かび上がる。しかし、

事件当日被害者と会った直後から、阿久津は行方知らずになり、足取りが掴めない

まま二年が経った。事件の捜査は次第に縮小され、今ではある出来事がきっかけで、

警察内で疎まれる存在になっている平良と大矢の二人のみが細々と捜査を継続

していた。姿を隠した殺人犯、男が殺人犯だと知っても匿う女、男を殺人犯と

知らずに食事を分け与えてもらう少年――様々な人々の思惑が錯綜していく。男は

なぜ殺人を犯したのか――。

読んでいてずっと胸が重く苦しかったです。特に、父親から当たり屋を強要され、

食事もろくに与えられていない少年・波留の視点は読むのがきつかった。自分の

息子に当たり屋をやれと命令する父親の言動が酷すぎて、腹が立って仕方なかった

です。そんな波留を心配するバスケ部仲間の桜介は、いい意味で擦れてない健全な

家庭の子で、それだけに、波留の生活との対比が顕著で、やるせなかった。桜介が

波留を心配すればするほど、二人の心の距離は離れて行ってしまう。桜介が本当に

純粋に波留を心配しているのが伝わって来るだけに、切なかったですね。波留は

波留で、人生を諦めているようなところがあって、それも悲しかった。家でも

学校でも居場所がない波留が、唯一安らげる場所が食事を与えてくれる阿久津の

ところだった。阿久津と波留の交流シーンは、淡々としているようで、何か

温かいものが流れているように感じました。阿久津は、もしかしたら、自分に息子

がいたらこんな感じかな、とか考えたりしていたのかな・・・。

終盤の展開は、もう、心が苦しくて苦しくて仕方なかったです。波留の慟哭が

胸を打ちました。どうすることもできないだけに、ただただ、悲しかったです。

阿久津が、波留を日光の林間学校に行かせてやって欲しいと頼んだシーンに心が

震えました。自分はどうなってもいいけど、波留の願いだけは叶えて欲しいと。

クズの父親よりも、よっぽど本当の父親のようだった。

阿久津が殺人を犯した理由は、本人自身が自白するシーンがないだけに、はっきり

とは明かされていません。ただ、母親の告白から、おおよそのことは推測出来る

訳で。母親がしたことは、倫理上どうなんでしょう。いくら法律があったから

といって。みんなやってるって何?子供だって、一人の人格を持った人間なのに。

一生打ち明けない選択肢もあった筈なのに。母親のエゴで、一人の人間を闇に

落としてしまった。感情がないように見える阿久津だって、一人の人間なんだと

いうことが、母親にはわかっていなかったのかな・・・。でも、障害を持つ子供

の母親なら、彼女の言動も理解出来るのでしょうか。

阿久津はどれだけの罪に問われるのかな。二年間も逃げていたことも裁判で

マイナスになってしまいそうだけど・・・動機に関しては、少しは情状酌量

余地があるような気がする。でも、殺意が母親ではなく元恩師に向かったという

のは、身勝手といわれればそれまでかもしれない。阿久津にとって、道標でもあった

恩師の裏の顔を知って、裏切られたような気持ちになってしまったんだろうな・・・。

いつか、罪を償って出所した時に、波留と再会できればいいと思う。それとも、

もう一生会わない方が幸せなのかな。

胸が塞がるような展開ばかりだったけれど、エピローグだけは少し救いがあって

良かったです。桜介の波留への思いが伝わってほっとしました。波留がこの後、

父親とどうなって行くのかは気がかりですが。

とにかく、あのクズの父親からは離して欲しいと願うばかりです。

読み応えありましたね。リーダビリティ抜群で、先が気になって読む手が

止められませんでした。やりきれない物語ではあるけれども、多くの人に手に

取って頂きたい傑作なのは間違いないと思います。

 

安壇美緒「ラブカは静かに弓を持つ」(集英社)

王様のブランチで紹介されていて、面白そうだなぁと思って予約していた作品。

その後本屋大賞にもノミネートされました。

なるほど、なるほど、話題になるのも頷ける作品でしたねぇ。とても面白かった。

少し前に、音楽教室著作権問題が話題になったのを覚えていらっしゃる方も

多いと思います。音楽教室で使われる楽曲の著作権料を巡る、JASRACヤマハ

裁判。JASRACが勝訴したのかな?まだ裁判中??ちょっとその結果は覚えて

いないのですが。

それをモデルに書かれた作品のようです。主人公の橘樹は、全日本著作権連盟に

勤める会社員。

ある日、上司の塩坪から呼び出されて、音楽教室への潜入捜査を命じられる。

目的は、裁判で有利になるよう、音楽教室での著作権侵害の証拠を掴むこと。

橘が、入社時の面接で、チェロの経験があると口を滑らせてしまったせいだった。

橘は、過去のある出来事によって、チェロを弾くことがトラウマになっていたが、

上司の命令に背くことも出来ず、潜入を承諾した。橘は身分を偽り、ミカサ

音楽教室で毎週チェロを習い始めた。講師の浅葉は気さくな人柄で、指導も的確

だった。何より、浅葉のチェロの音色は橘を感動させた。通い続けるうちに、

橘は少しづつチェロに対するトラウマを克服し、チェロの音色の魅力にはまって

行く。しかし、橘は浅葉の言動を録音し、裁判に提出しなければならなかった。

次第に師や音楽教室の仲間たちを裏切ることに心苦しさを覚え始める橘だったが

――。

過去にトラウマを抱える主人公が、音楽教室へのスパイを命じられて、チェロを

習い始め、そこで師や仲間と出会い、人生を変えて行くお話。

いろいろな魅力の詰まった小説ですね。スパイとして音楽教室に潜入する緊迫感

みたいなものもありつつ、孤独だった青年が、師や仲間と出会うことで少しづつ

過去のトラウマを克服して行く再生の物語でもある。再び音楽と向き合うことで、

自身も音楽に癒やされて行く。ただ、師や仲間と仲良くなればなるほど、自身の

やっていることが後ろめたくなってしまう。しかし、音楽教室著作権料を徴収

することは、著作権を持つ音楽家たちの為でもある。自分のやっていることは

正当なことだという矜持もある・・・と、橘の心は揺れ動く。その心の動きが

とても丁寧に追われていて、ぐいぐい読まされました。また、チェロの繊細な

音楽の表現が素晴らしかったですね。深く心に刺さる浅葉のチェロの音を私も

聴いてみたくなったし、上達した橘のチェロの音色も聴いてみたくなりました。

醜い深海生物であるラブカを、スパイである橘自身になぞらえるあたりも上手い

表現だなぁと思いましたね。ラブカになぞらえたスパイが出て来る古い映画

(作者の創造だと思いますが)の使われ方も秀逸でした。

チェロの低く重厚な響きが、暗く静かな深海のイメージとピタリとはまっている

感じがしました。まぁ、深海は無音でしょうけども。

そこでじっと周囲の様子を伺うように動かないラブカと、音楽教室で息を潜める

ように身分を偽ってスパイを働く橘との対比も効いていましたね。卑劣なスパイ

である自分を、醜いラブカになぞらえる橘の歪んだ心情も行間から伝わって来ました。

音楽教室でのレッスンが橘にとって潤いとなればなるほど、スパイ行為がいつ

ばれてしまうのか、はらはらしました。そして、ばれた後の浅葉やチェロ仲間たち

との関係は。最後までドラマがあって、読ませてくれましたね。橘自身の決断には

快哉を叫びたくなりました。その後の彼の人生を考えれば、きっと一番納得の行く

道を選んだのだと思えました。

橘と師である浅葉の関係がとても良かったですね。それだけに、終盤の仲違い

には悲しい気持ちになりましたけれど。そのまま終わらなくて良かったです。

チェロ仲間もみんなも良い人ばかりで、人を寄せ付けない孤独な橘にとっては、

宝物のような出会いになったと思う。スパイという嫌な役割を押し付けられて

しまったけれど、それがなければ人生を変える出会いもなかったわけで。悪いこと

ばかりではなかったと思う。チェロと再び向き合えるきっかけにもなりましたしね。

ひとつ気になったのは、橘がチェロを辞めたきっかけになった誘拐事件は一体

何だったのか、というところが有耶無耶なままだったこと。犯人も捕まって

ないままだし、そこはちょっと消化不良だったなぁ。いくら未遂事件とはいえ。

著作権について力説する橘の言葉で、私自身も著作権について考えさせられる

ところもありました。ただ、音楽教室から徴収するのは、やっぱり個人的には

反対ですけどね。音楽教室は、子どもたちが、広く自由に好きな音楽を学ぶ場所

であってほしいから。発表会はまだしも、レッスン段階では著作権フリーにして

欲しいなぁと思う。

私自身も高校生からピアノ習い始めた経験があるので、その時の楽しさを思い出し

ながら読めました。いくつになっても、音楽を学ぶのって素敵なことだと思うな。

とても素敵な作品でした。作中の、叙情的な音楽表現も素晴らしかったです。

他の作品も読んでみようかな。本屋大賞の結果も楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

三木笙子「怪盗ロータス綺譚 グランドホテルの黄金消失」(東京創元社)

久しぶりの帝都探偵シリーズ。確か、一作くらい抜けてたようなと思いつつ、新刊が

嬉しかったので予約しちゃったんだけど、調べてみるとこれがシリーズ五作目で、

四作目までちゃんと記事があったので、一応全部読んではいるみたいです。

ただ、登場人物とか内容とか全然覚えてなくて^^;読み始めて、あれ、主役

二人ってこんな名前だったっけ・・・???なんか、キャラも違っているような、

と思いながら読んでました。んで、読み終わって自分の記事読み返してみて、

気づきました。

私が思ってた二人組と本書の主役の二人組、違ってる!!シリーズは一緒なのだけど、

私が思ってた主役の二人は絵師と記者で、こちらの二人は脇役だった!ということで、

これはスピンオフに当たるんですね。読み終わってから気づく私って一体・・・。

でも、四作目に当たる前作も、この二人が主人公だったみたいですね。おさらい

してから読むべきだった。

そういえば、怪盗が出て来る話読んだ覚えもあった・・・。こっちはこっちで

BL入ってて、一部のファンには狂喜乱舞されそうだなぁと思いました(笑)。

三木さん、絶対狙ってるよねぇ?

『怪盗になる』と宣言した蓮に仲間に引き入れられ、検事を辞めてまで一緒に

欧州に渡った省吾。久しぶりに休養を取る名目で日本に帰国した二人だったが、

蓮の元にはやはり次々と厄介事が持ち込まれて来る。隣で見ている省吾は、

危なっかしい蓮の言動に振り回されてばかりだった。すべてにおいて天才的な

才能を持つ蓮と、平凡な自分が一緒にいていいのかどうか、自問する日々だった。

果たして、蓮の真意はどこにあるのだろうか――。

省吾があまりにも自分に自信がなくて、蓮に対して卑屈になっているので、蓮が

ちょっと可哀想になりました。蓮はとにかく省吾と一緒にいたいと思っているのが

丸わかりですからねぇ・・・。なんでそんなに省吾は自信がないんでしょうかね。

省吾だって元東京のエリート検事で、優秀だったはずだと思うんですが。

蓮は怪盗なだけに、変身するのが得意で、作品の最後まで登場しないなぁと思って

たら蓮の変装だったってパターンが結構ありました。20面相みたいです。

蓮による仕掛が大掛かりなので、最後にならないと話が読めない作品もありましたね。

ああ、こういうことだったのかって感じ。四話目の当たり籤の話は、最後の最後で

びっくりな展開が。駄菓子屋の主人が省吾と仲良くなるくだりが好きだったから、

ショックだったなぁ。でも、どこかで二人と再会することがあるのかも。

一話目に出て来た『けい』さんが、最終話で再登場したのも嬉しかった。けいさん

は、今後も二人に絡んで来そうですねぇ。って、次のお話ではまた二人は海外に帰る

のかな?

っていうか、次は本来の主役である礼と高広のお話をお願いしたいです。蓮と

省吾もいいけど、やっぱり本来の主役二人の物語が読みたいなぁ。

伊藤調「ミュゲ書房」(KADOKAWA)

ブログ友達のおんだなみさん、わぐまさんがオススメされていた作品。書店が

舞台でブロ友さんのオススメとあらば、読まない訳にはいきませんよね。北海道

で老舗の書店を営んでいた祖父が亡くなり、理由あってその経営を引き継いだ

元編集者の青年の物語。

大手出版社の編集員だった宮本章は、担当していた新人作家・広川蒼汰の作品を

力不足で書籍化出来なかったことで、責任を感じ、失意のままに会社を去った。

この先どうするか考えあぐねていたところ、突然北海道で一人書店を営んでいた

祖父が亡くなり、忙しい両親に代わって店じまいを買って出ることに。しかし、

祖父の営んでいたミュゲ書房は、地域密着型で地元の人に親しまれており、

多くの人から存続を望まれていた。更に、そのタイミングで市内唯一の大型書店も

撤退するとのニュースが飛び込み、市長から直々に祖父の店の存続を頼まれた章は、

引き継ぐことを決意する。章は、慣れない書店の仕事に戸惑いながらも、膨大な

本の知識を持つ女子高生の桃や、ミュゲ書房で不定期にカフェを開いていた大学生

の池田、書店の庭を手入れしてくれていた菅沼など、生前の祖父との関わりが

強かった常連客たちの協力のもと、少しづつ仕事に慣れて行くのだった。また、

一方で、元編集者の知識を買われて、章の元にはふたつの書籍の編集の仕事も

舞い込む。編集の仕事はやりがいがあったものの、章の中ではデビュー作

を出版させてあげられなかった広川蒼汰のことが深く心にのしかかっていた――。

うん。面白かったです。これは、本好きさんの心をくすぐる作品ですねぇ。

まず、ミュゲ書房自体の設定がとても素敵。大正時代の洋館を改装した内装は

クラシカルだし、本に拘りのあった章の祖父が作っていた棚は、その人柄が

反映されているようで、本好き心をくすぐる選書になっているし(とはいえ、

私自身は書店の棚の選書なんて特に注目していないので、どこがどう拘っている

のかとかは全然気づけないと思うけれど^^;)。

カフェが(不定期とはいえ)併設されていたり、美しいお庭があったりするところも

素敵ですよねぇ。無垢材の床に漆喰の壁に、窓はステンドガラス。隠れ家のような

『塔の部屋』があったりするところも、子供だったらワクワクするでしょうし。

もう、建物自体が芸術品みたいで、いるだけで癒やされそうだと思いました。

ミュゲ書房の復活に協力してくれる常連客のキャラも、それぞれに良い人ばかり

でした。もし、私が常連客でも、こういう書店が無くなるっていうのは、本当に

ショックを受けると思いますね。子供の頃から本屋が大好きだった私は、今現在に

至るまでに市内の本屋の閉店をいくつ見て来たことか。小学生の頃から慣れ親しんで

来た最寄り駅の啓○堂が去年ついに閉店したことを知ったときは寂しかった・・・。

最近はたまに駅の方に行ったときに立ち寄るくらいだったとはいえ、ね(ちなみに、

私は生まれてから結婚して今に至るまで、同じ市に住んでいます)。だから、

ミュゲ書房の常連客たちがなんとか章を手助けしてミュゲ書房を存続させようとする

気持ちはすごく共感できましたね。

ただ、広川蒼汰の正体は、物語の早い段階で当たりがつけられてしまいました。

終盤の展開も、似たようなお話を結構読んでいるので、なんとなく先が読めちゃう

ところはありましたね。偶然に頼りすぎな感じも否めず、ちょっと展開が安易で、

ご都合主義的に感じてしまうところも。市長と副市長の書籍を章が編集するくだりは

独自性があって面白かったので、広川蒼汰の部分ももうちょっと、既存の書店もの

とは違った展開が欲しかった気がします。ストーリーをまとめるには、こうする

のが一番破綻がなくて良いのでしょうけどね・・・。広川蒼汰の本をミュゲ書房から

出版しようとした矢先に、章がもといた出版社が横槍を入れて来たところも、

やっぱりそうなるか・・・と想像した通りだったので。まぁ、その後の展開は

予定調和とはいえ、スカッとしましたけどね。章が、元上司だった編集長に

一矢報いたところは痛快でしたね。広川蒼汰の決断に、快哉を叫びたくなりました。

地方の書店が起こした奇跡、こういうのが現実にもたくさんあるといいなと思う。

沈みかけた書店業界がまた盛り返してくれる日が来ることを、いつも願っています。

文章も読みやすかったし、読めて良かったです。紹介して下さったお二方に

改めて感謝します。お二人の後押しがなければ知らない作品でした。良い本を

紹介して頂き、ありがとうございました。

 

余談ですが、読み終えて読書メータ―に読了記録して、他の方の感想を何気なく

読んでいたら、全部のコメント(多分)に作者の伊藤さんが返信をしていらっ

しゃって、びっくりしました。私も感想登録したら返信もらえたかなぁ(笑)。

でも、作者の方に自分のへなちょこコメントを読んでもらうような勇気はない

のでした・・・(ヘタレ)。

でも、まめでご丁寧な方なんだなぁと好感度倍増しでした(笑)。