ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

薬丸岳/「悪党」/角川書店刊

薬丸岳さんの「悪党」。

佐伯修一の勤めるホープ探偵事務所に夫婦揃って訪ねて来た細谷夫妻の依頼は、十一年前彼らの
一人息子を殺した坂上洋一という男が今どこに住んでいて、どんな生活を送っているのか調査
して欲しいというものだった。佐伯は早速調査を開始し、坂上が現在振り込め詐欺で荒稼ぎして
いることをつきとめた。調査報告をすると、細谷夫妻は調査を続行し、坂上を赦すべきか
赦すべきでないか、もし赦すべきならばその材料を見つけて欲しいと言ってきた。何をもって
赦すべきと判断するのか。佐伯は十五年前にたった一人の姉・ゆかりを強姦の末殺害された
犯罪被害者遺族であった。佐伯自身の中に、犯罪者への激しい憎悪が渦巻いている。そんな
佐伯が犯罪を犯した人間に対して公平に判断できるのか。悩み迷いながらも佐伯が出した答え
とは――(第一章『悪党』)。


乱歩賞作家、薬丸岳さんの新刊です。今回は体裁は章立てなのですが、一つの章が独立した
短編として読める形なので、ほぼ連作短編形式と云って差し支えないでしょう。ただ、
個々の事件を追いながら、少しづつ佐伯自身の過去の事件のことも語られて行くので、
一作の長編としても読めるようになっています。薬丸さん初の試みですが、なかなかこの
構成が効いていたと思います。
相変わらずのリーダビリティで一気に読ませるところはさすがです。そして、テーマも
相変わらず重く考えさせるものでした。今回の題材は、犯罪を犯した人間は何をもってすれば
赦されるのか?という点。主人公の佐伯は中学生の時に最愛の姉をレイプ殺人で亡くした犯罪被害者
遺族。犯罪を犯した人間を憎悪しながら生きて来た。そんな佐伯に次々と舞い込む犯罪被害者や
その遺族たちによる依頼。彼らの依頼を遂行しながら、佐伯は絶えず『罪を赦すということ』
について悩み迷う。佐伯の心には今も、姉を殺した犯人たちへの憎悪の火が消えずに燻っている
のです。犯罪被害者(遺族)側の視点に立って『犯罪を犯した人間はどうしたら赦されるのか』
を問いかけられるのは辛い。犯人による卑劣で許しがたい犯罪の場面を読んでしまった後では余計に。
特に、佐伯の姉を凌辱し殺害した犯人グループは皆当時17歳。大した罪にも問われずに社会に
復帰し、『今』を生きている。遺族はそうした事実に何も出来ずに、ただ故人を想って涙する
しか術がない。佐伯は、事務所に持ち込まれる依頼とは別に、彼の姉を殺した犯人たちの『現在』
を所長には内緒で追い始めますが、そこで明らかになってくる犯人たちの姿は、過去の罪のこと
など全く意に反さない、赦しがたいものでした。そんな彼らに対して佐伯の心の中に芽生える
『復讐』の芽。そんな心の葛藤を抱えながら、依頼人である犯罪被害者たちと向き合う佐伯の
姿に、読んでいて胸が苦しくなりました。一章の依頼人である細谷夫妻は佐伯に、自分たちの
息子を殺した犯人の行動を追い、その人物を赦すべきか赦さないでいるべきかを判断して欲しい
と依頼します。でも、佐伯が悩むように、犯罪を犯した人間が、どんな風に過ごして、どんな
人間になっていたら赦してもいいと判断できるのか。犯罪被害者の側から見たら、どんな人間に
なっていても結局赦すことなんてできないのではないでしょうか。割り切れない思いを抱える
佐伯の心情が痛い程突き刺さって来ました。自分がもし、佐伯や細谷夫妻のように身内の人間を
殺されたら。きっと、犯人のことを赦すことなんて一生できないと思う。どうしようもない
やりきれない思いを抱えて生きるしかない。犯人がどんなに罪を悔いて反省していても。失った
故人は帰って来ないし、犯した罪は消えないのだから。幸い、今現在そういう立場にはなって
いないけれど、いつ自分がその立場になるともわからない訳で、今回も考え出すと思考のループ
にはまっちゃいそうな程、いろいろと考えさせられました。

今回も重く、容易に答えの出ないテーマに真っ向から取り組んだ意欲作だと思います。佐伯が
この答えの出ない問いにどう結論を出すのだろうと思っていましたが、読後は後味の悪いもの
ではなかったです。佐伯が最後に姉の事件の主犯の人物と対峙した時は息が止まりそうになり
ましたが、彼が本当の『悪党』にならずに済んでほっとしている自分がいました。犯人が
ああいう状態になっていても、全く同情の気持ちは芽生えませんでしたが。むしろ、自業自得、
と思ったくらい。私だったら、あの場面で『悪党』になってしまうのかもしれません・・・。

ホープ探偵事務所の所長・木暮は最初金の亡者みたいな悪印象しかなかったのですが、途中から
彼の意図することがわかってからはがらりと印象が変わりました。彼は彼なりに、佐伯のことが
心配で構わずにいられなかったのでしょうね・・・。ラストの展開は、シリーズ化もできそう
だな、と思いました。

終始重く暗いトーンの作品だったので、エピローグには救われた気持ちになりました。その人の
存在が、佐伯にとって暗闇の中から差し込む光になってくれたらいいな、と思います。父親の
「いつでも笑っていいんだぞ。俺たちは絶対に不幸になっちゃいけないんだ」という言葉が
心に沁みました。できれば、もっと早く伝えてあげて欲しかったな・・・。

いやー、この人の作品はほんとに読んでる途中も読後もいろいろと考えさせられますね。
難しい問題に真摯に取り組む姿勢には頭が下がります。重いけれど、読んで良かったと思える
力作だと思います。お薦めです。