ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

森見登美彦編/「奇想と微笑 太宰治傑作選」/光文社文庫刊

イメージ 1

森見登美彦編「奇想と微笑 太宰治傑作選」。

中学校の国語の時間。「走れメロス」の音読テープに耳をふさいだ森見少年は、その後、
くっついたり離れたりを繰り返しながらも、太宰の世界に惹かれていった―。読者を楽しませる
ことをなによりも大切に考えた太宰治の作品群から、「ヘンテコであること」「愉快であること」
に主眼を置いて選んだ十九篇。「生誕百年」に贈る、最高にステキで面白い、太宰治の「傑作」選
(あらすじ抜粋)。


先日読んだ”文学少女”と死にたがりの道化を読んで、太宰読まなきゃ~と思っていた所に、
KORさんのブログでモリミーが編んだ太宰の短編集があることを知り、早速手に取ってみました。
太宰を読むのなんて、おそらく高校以来じゃないだろうか。ラストに収録されている走れメロス
に至っては、モリミー同様、中学の教科書で初めて出会って以来の再会。懐かしいな~と思いながら
書き出しの『メロスは激怒した』しか覚えていなかったので、なかなか新鮮な気持ちで読めました。
太宰と云えば、人間失格『斜陽』といったどんより救いのなさそうなお話(なんせ、どちらも
未読な為、イメージだけで話してますが^^;)の印象が強い為、太宰=暗いという図式が頭の中
にありました。でも、文学少女・遠子先輩が力説したように、この短編集を読んで、太宰は、
くすりと笑える面白いお話をたくさん書いていたのだということがよくわかりました。森見さんが
選んだ作品がまたヘンテコなのが多いせいもあるでしょうけど^^;冒頭の『失敗園』からし
可笑しい。作者の庭に植えられた野菜や植物たちの視点から書かれていて、それぞれの身の上に
即したつぶやきにぷぷぷ、と笑ってしまった。のっけから太宰らしからぬほのぼの作品でかなり
面くらいつつの読書スタートとなりました。
続く『カチカチ山』も相当に変です。もちろん、あの有名な童話のカチカチ山が元ネタですが、
かなり独自の解釈で書かれていて笑えます。森見さんも最後の解説で触れていますが、とにかく
兎と狸のキャラ造詣が独特。残酷すぎる美少女兎と、その兎にデレデレする醜い中年狸。両者の
関係はまさしくSMの世界・・・もはや童話の片鱗なし、で驚きました(笑)。完全に太宰の妄想
100%で書かれた『カチカチ山』。これも一つの新解釈と言っていいのか、はたまた・・・。
その後に続く『貨幣』も擬人シリーズ。どうやら、太宰はかなり擬人法を使って作品を書くのが
お好きだったようですね。この『貨幣』は、タイトルそのままに、貨幣の視点から書かれています。
宮部みゆきさんの作品にお財布視点というのがありましたが、それをちょっと思い出しました。
主人公の百円紙幣は、次々と人から人へと渡り歩いているうちに、ボロボロのヘトヘトになって
しまうのですが、最後の最後にたどり着いた場所で無常の幸せを感じて終わります。この、最後に
たどり着いた場所がなんとも微笑ましい。太宰の優しさを感じる一編でした。

その後も個性的な作品が続くのですが、中でも私が一番気に入ったのは『畜犬談』。犬嫌いの主人公
が、なぜかポチという犬を飼うことになり、紆余曲折するお話。森見さんの解説にもありますが、
冒頭の一文からして面白い。『私は、犬に就いては自信がある』。なんじゃ、そりゃ?と思い
ますよね。犬全般に敵意を燃やしつつ、飼うことになったらなったで、口では悪態をつきつつ、
なんだかんだで可愛がっているのが伝わって来るのが微笑ましい。奥さんのポチに対する態度も
笑えるのですが、二人して共謀してポチを毒殺しようと企んで実行しようとするくだりは内心
ひやひや。この主人公には絶対無理だと思いつつ、いじらしいポチが哀れで失敗しろーと読み
ながら願っている自分がいました。さて、顛末やいかに。オチも好きだな。

山椒魚』にまつわる黄村先生との騒動を描いた『黄村先生言行録』も面白かった。森見さんは、
この黄村先生のモデルは井伏鱒二だろうと読んでらっしゃいますが、私もその通りだろうと思い
ました。なんといっても、『山椒魚』に拘ってるしね。太宰は、とにかく作家の井伏鱒二を生涯
敬愛し続けたそうで、その次に収録されている『「井伏鱒二選集」後記』の中で触れられている
井伏鱒二作品との出会いや、作家本人との出会いなどを読むにつけ、太宰の井伏への愛がひしひし
と伝わってきて和やかな気持ちになりました。井伏鱒二の作品は『山椒魚』を含め、一作も
読んだことがないけれど、太宰がここまで心酔するのならば、ちょっと読んでみたいという気持ちに
なりました。でも、森見さんでさえ難しいと感じる位なのだから、私ごときにはきっとその良さは
わからないに違いない・・・。

最後にやっぱり走れメロスに言及しない訳にいきませんね。先述したように、読んだのは
中学の時の教科書。確か、高校の教科書には富嶽百景が載っていたんじゃなかったかなぁ。
富嶽百景』の書き出しが大好きで。『富士には月見草がよく似合う』だったかな。そんな
感じの(正確には違うかもしれませんが^^;)。情景がぱぱっと頭に思い浮かびますよね。
メロスの書き出し『メロスは激怒した』もそうだけど、太宰は書き出しの文章が非常に巧いと
思う。強烈な書き出しで読者を惹きつけて物語に誘い込むというか。
で、メロスですが。細い内容はさっぱり忘れていたので、こんな話だったっけ、と首を傾げながら
読んでました。友情の物語だと思ってたけど(事実、そうなんだろうけど)、メロスが自分の
都合の為に勝手に友人を自分の身代わりとして王様に差し出す辺り、あまりの自分勝手さに
目が点。それが親友に対する仕打ちなのか?とツッコミたくなりました・・・。しかも途中で
疲れて寝ちゃって、挙句に寝坊して時間がなくなったとか、あまりの緊迫感のなさに唖然。親友の
命がかかってる時に何やってんだか。あまりにもツッコミ所が多いのでかえって笑えました(笑)。
これを学校の教材にしていいものなのか、ほんとに^^;まぁ、最終的にはめでたし、めでたし
なんだけどさ。王様のあっけない心変わりっぷりもあっぱれだったけどね・・・。仲間に入れて
欲しいって!王様が一般人の仲間に入ってどうすんだ^^;違う意味でいろいろ楽しめました(笑)。


久しぶりに読んだ太宰作品でしたが、ほんとに太宰のいろんなタイプの作品が収録されていて、
とても楽しめました。読んでいて強く感じたのは、森見さんの文章は確かに、間違いなく太宰の
影響を受けているな、ということ。久しぶりに読んだ気がしなかったのは、太宰の文章の中に森見さん
の文章との類似点がたくさんあったからかも。こんなヘンテコで愛すべき作品をたくさん書いて
いたとは、太宰に対する見方が変わってしまうなぁ。
巻末の森見さんの各作品の解説も一読の価値あり。意外な太宰を発見出来る一冊でした。