ミステリ読書録

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門井慶喜/「この世にひとつの本」/東京創元社刊

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門井慶喜さんの「この世にひとつの本」。

印刷会社が存亡の機に立たされた。後援する女流書家が姿を消し、さらに、工場の社員に三件もの
謎の病死が発生したのだ。社長はただちに息子の三郎に調査を命じる。三郎の調査の手助けをする
のは、社長秘書・南知子と、史上最速の窓際族・建彦だった。ヒューマン・ミステリ(あらすじ抜粋)。



※結構黒べるよりの記事になっております。未読の方、ご注意下さいませ。







『おさがしの本は』が、なかなか気に入った作品だったので、タイトルからして、また本関係の
作品だと喜んで読むのを楽しみにしていたのですが・・・むむむ。これは、かなりタイトル負け
した作品ではないかなぁ。というか、このタイトル、どう考えてもふさわしいとは思えないの
ですが・・・。確かに、『この世にひとつの本』自体は作中に出て来ますよ。でも、その本が
作品の中で占める重要度っていったら、ほとんどないに等しいのではないかしら。このストーリー
で、このタイトルを選んだ理由がちょっと理解出来ない。というか、完全にタイトルに
惹かれて手に取ることを狙ったとしか思えないんですが。だから、そういう(私のような)人間
からすると、相当ガッカリさせられる内容だったと言わざるを得ない。だって、どう考えたって、
『この世にひとつの本』を巡って繰り広げられる物語だと期待して読むに決まってるもの。でも、
実際は、全くそうじゃない。失踪した女流書家の行方と、三人の社員の白血病死の謎を探る人間
ドラマを軸にしたミステリー・・・なのかな。人間ドラマっていう程、人間の内面心理に切り
込んでる訳でもないし。女流書家が失踪した理由は、凡人の私にはちょっと理解出来なかったなぁ。
そんな身体的な危険を冒してまで、永遠に残る作品が書きたいって・・・才能があって、この
年齢になったら、そんな風に思うものなんですかねぇ。芸術家の考えることはよくわかりません。
三人の社員が白血病になった理由にも目が点。そんなことってあり得るの?しかも、今この時期に
こういう内容の作品を読むのは、非常になんだか胸が苦しかったです。作者ご自身が一番驚いて
いるのかもしれませんが・・・。問題のブツが置かれている部屋で、今話題になっている○○計
を持って行ったら、一体どれくらいの数値になるんでしょうか。怖すぎる・・・。

三郎・健彦・南知子の関係は良かったんですけどね。なんだか、それぞれのキャラ造形がいまいち
中途半端で、誰にも感情移入出来ませんでした。特に南知子のキャラはすごく場面場面でブレが
あるように感じました。最初に閉じ込められた時の反応もちょっとおかしいし。普通、もっと
パニックになって、もっと閉じ込めた人物のことを恨むものじゃないのかなぁ。まぁ、そもそも
自分から鍵を閉めてって要求した訳で、自業自得な部分もあるんですけど。それにしても、戸棚に
秘書を閉じ込めたまま忘れて飲みに行っちゃう巌という人間の感覚も理解出来なかったですけど。
あと、健彦と和食の店に行った時の南知子の独白も変だったなぁ。有能な秘書かと思っていたら、
ものすごい小さいことでイラついてるし。相手が一方的にしゃべってて食事に箸をつけないから
って、自分も食べちゃいけないってのも変な話だと思うんですけど。食べながら聴けばいいだけの
話じゃないの?それに、いいお店を選んだことを相手に労って欲しいなんて、接待する側が要求
するのもおかしな話だと思う。なんだか、単なる勘違い女でしかないような印象しか持てなかった
んですが。少なくとも、好感持てるタイプじゃなかったです。社長の愛人として豪奢な暮らしを享受
している時点で、好感持てる筈もないのですけれどね(苦笑)。

三郎と健彦に関してはもうちょっと好感持てたんですが、彼らの人物造形ももうちょっとはっきり
させて欲しかった気はしますね。三郎のカリスマ性も、イマイチ伝わって来なかったし。単なる
人のいいお兄ちゃんって感じにしか思えなかったな。健彦だけは最初からなぜか三郎を高く買って
ましたけど。その感情が、最後には恐怖にまで昇華しちゃうところもちょっとやりすぎだった気が
するなぁ。

うーん。なんか、会話とかキャラとかストーリーとか、全部がどっかちぐはぐなんですよね。
だから、読んでて違和感ばかりを覚えてしまいました。全部が噛み合わないっていうのかなぁ。
ちょっと、期待していただけに、残念な作品でした。門井さんの作品って微妙な感想が多いのに、
なぜかついつい読んじゃうんだよなぁ。また舌で美術品の真贋を見分ける神永シリーズでも書いて
くれないかな。