ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

西澤保彦/「黄金色の祈り」/文春文庫刊

西澤保彦さんの「黄金色の祈り」。

取り壊す予定の中学校の旧校舎の天井裏で白骨化した変死体が発見された。それは僕の
かつてのブラスバンド部の友人・松元幸一だった。傍らで見つかったアルトサックスは、
高校時代に何者かによって盗まれた中高時代の先輩・内山由佳さんのものだった。この話を聞いた時、
ぼくはアメリカに留学中だった。はるばるアメリカまでこの話をしにやって来たのはかつての
部活の先輩、教子さん。彼女の真意はどこにあったのか。真相はわからぬままに年月が流れ、
アメリカ留学後、僕は作家になった。そして再び教子さんが僕の前に現れ、事件の真相が
明らかになる――作者の自叙伝的傑作青春小説。


どうも単行本時は装丁が気に入らず、読み逃していた本書。先日お気に入り登録させて頂いて
いる「お気に入り辞書」のCuttyさんが記事にされていたので、文庫版が出ていると知り、
手に取ってみました(女王様に「読んでー!」と言われたら、召使が読まない訳には
行きません^^;)。
ちなみに、よっぽど単行本時の表紙が不評だったのか、文庫版はこれ以上ないというくらいに
シンプルな表紙。この落差はなんだー!中間はないのか、中間はー!!とツッコミを入れつつ、
読み始めました(苦笑)。

さて、本書ですが。私は、こんなに爽やかさの欠ける青春小説を未だかつて読んだことが
ないような気がします。本書を‘青春小説’と銘打つのはどうも間違っている気がして
仕方がありません。いや、主人公の学生時代を順に追ったという点では間違いなく青春小説
と云えるのでしょうが、それにしても青春小説につきものの清清しさ、とか青春のきらめき、
とかそういう気恥ずかしくなるような爽やかさが全くと言っていいほど、ない。主人公の
ブラスバンド部の活動を描いた中高時代なんて、題材だけ見ればいくらでもそういう爽やかさ
が演出できそうなものなのに、そこはさすが西澤さん、としか言い様がないです。読めば読む程
不快になる小説。これはすごい。この小説はほぼ全篇に亘って主人公の過去の嫉妬やねたみ、
自らの成功への夢と挫折、などの負の感情で埋め尽くされています。読んでいる最中、ここまで
一人称の主人公に好感が持てないのも珍しいです。ただ、好感は持てないけど、共感出来る部分
がない訳ではない。そこが読んでいて痛かった。自らの過去を思い浮かべても、主人公の
ようにふるまっていた自分がいたかもしれないという、なんだか身につまされるような感情
を覚えました。もしかしたら、自分が思う自分と、他人が思う自分には大きな隔たりがある
のではないか、自分が思う程、他人は自分を評価なんかしてくれていないのではないか、
という、なんとも自虐的に陥りそうな気持ちに捉われる。他人の成功への嫉妬、自分だっていつか
頂点に上りつめられるという漠然とした自分への過大評価。これって、誰でも少しは持って
いる感情なのではないでしょうか。この主人公はそうした感情に凝り固まっているという点
では、特殊なのでしょうけど、どうも全く他人事とは思えない所が主人公への嫌悪を増幅させて
いる原因の一つなのでは、と思いました(同族嫌悪というやつ?)。

ミステリとしては、そんなに新しい手法という訳ではありません。大抵の人は犯人の
見当がついてしまうと思うし(私も)。でもよく出来ているし、リーダビリティは抜群です。
主人公のこれでもかとたたみかけるような内面の心理描写に嫌悪しつつ、一気に読ませる
手腕は素晴らしいです。でも、ラスト、あまりにも衝撃的です。これってやっぱり主人公が・・・
(以下自粛)。

それにしても、主人公の経歴が作者と酷似している為、これって作者の自伝的な作品と言われて
いるのだとか。普通に経歴として書き出してみると、成る程、主人公が天狗になっても
おかしくないですよね。アメリカ留学して優秀な成績を修めて帰国後、高校講師を経て
小説家、となれば。まぁ、最終ページに「本書は純然たるフィクションです」との注意書き
はありますけれど。どこまでご本人が反映されてるのでしょうね。興味津々。

読んでみて、「読後感の悪さは保証する」とおっしゃったCuttyさんの言葉がよく
わかりました。読めば読む程嫌悪感に捉われれつつも、めくるページが止められない、
まさに「読ませる小説」。
西澤流ブラックワールドへどうぞ。